何か違う・・・・



目の前の光景に男はぽつりと呟いた



空には満月

景色は花吹雪



赤と白の縦縞の幕の中

整列した鬼火が辺りを照らし

幻想的で厳かな空間を作り出す



そこに響くは



阿鼻叫喚



妖達の咆哮と

刃と刃のぶつかり合う音と



破壊音



何か間違ってないか?



リクオは目の前の光景を半眼で見つめながらぼそりと呟いていた



雲ひとつ無い澄み渡る空

爽やかな風

穏やかな日差し



満開の桜の木の上では小鳥達が囀り

まるで桃源郷かと思えるような夢のようなこの日

リクオは自宅の縁側で一人幸せに浸りながら庭を眺めていた



苦節9年



やっと、やっとこの日が来た!!



やっとこじつけたこの日という名の喜びを噛み締めながら

長かった・・・とリクオは拳を握り締めていた

リクオが長年待ちに待ったこの日

大安吉日のこの良き日

奴良家の玄関には



『奴良リクオ 雪女つらら 結婚披露宴会場』



と書かれた垂れ幕――鴉天狗が夜なべして作った――がでかでかと飾られていた

そう今宵この日、二人はとうとう夫婦の契りを交わす事となったのである



あと少しでつららは晴れて僕のものだ!



ぐっと拳を握り締め愛しい女へと思いを馳せる

リクオが目を閉じて一人ほくそ笑んでいると・・・・

廊下の向こうからパタパタと羽音を響かせながら鴉天狗がやって来た

「リクオ様、そろそろ支度をなさいませんと式に遅れてしまいますぞ」

やってきた鴉天狗は開口一番、いつもの小言口調でそう言ってきた

しかし、いつもの調子で振舞っているかのように見えた鴉天狗のその頬は緩んでいた



それはもう嬉しそうに、にこにこと



「はいはい、わかったよ今行くから」

対するリクオも、言葉こそ面倒そうを装ってはいたがこちらも同じくその表情は明るい

しかも頬を染めながら照れ臭そうに笑っていた

二人とも今日という日をそれぞれ心待ちにしていたのだから仕方ないといえよう

「ささ、お早く!」

そんなリクオの背中を、鴉天狗はうきうきと嬉しそうに相好を崩しながらぐいぐいと押してきた

「わかった、わかったからそんなに急かすなよ」

お早くお早く!と急かす鴉天狗にとうとう襟元を掴まれ、半ば強引に引き摺られるようにしてリクオはその場を後にしたのだった



「まあ、とっても綺麗よつららちゃん」

手を胸の前で合わせ、若菜は感嘆の声を上げながら嬉しそうににこにこと笑った

奴良組本家のとある一室では、女衆達だけが集まってあれやこれやと騒いでいた

「あ、ありがとうございます、若菜様」

その大騒ぎな部屋の中央では、一人着飾られた小柄な少女が恥ずかしそうに頬を染めながら、これから姑となる相手に慌てて頭を下げていた

「あら、これからはお母さんて言ってくれなくちゃダメよ」

かしこまる少女をやんわりと窘めながら若菜はくすくすとまた笑う

「は、はい・・・・」

若菜にそう言われた少女は顔を真っ赤にさせて慌てて頷いた

その遣り取りを遠巻きに眺めながら、一仕事終えた女衆たちはくすくすと微笑む



始終恥ずかしそうに俯く少女――雪女ことつららは今は真っ白な着物に身を包んでいた

今宵の門出に恥ずかしくないようにと、女衆総出で着飾られた彼女は今日の主役の一人でもある

そんな彼女は今日これから行われる式に緊張しているのか、いつもの快活な雰囲気はなりを潜め、らしくなく小さく縮こまっていた

「さあさ、あんたの仕事はこれからよ、今からそんなに恥ずかしがってたんじゃ一日身が持たないわよ〜」

そう言って、二人の間に入ってきたのは今日一番に張り切っている毛倡妓である

いつもの着物姿にたすき掛けした勇ましい姿のまま、頬を染めて俯くつららの背中をバシンと豪快に叩いてきた

「いたっ、ちょっと毛倡妓、痛いじゃない」

叩かれた背中を庇うように身を捻りながら憤慨するつららに毛倡妓はくすりと笑い

「その調子なら大丈夫そうね」

と片目を閉じながら言ってきた

その彼女の優しい心遣いに気づいたつららは、今まで膨らませていた頬を戻すと「まったく」と言って肩を竦める

そしてお互い顔を見合わせくすくすと笑い合った



「おめでとうつらら」

「ありがとう毛倡妓」

「うふふ、つららちゃんがお嫁さんに来てくれて本当に嬉しいわ〜♪」

「くすくすくす、お嫁に来るって言っても今までと変わらないけどね」

「そうね」

くすくすくすくす

女達の楽しげな笑い声がいつまでも部屋の中から聞こえてきていた


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