廊下にでん、と置かれたその籠をリクオとつららがまじまじと見つめる
ご丁寧に籠の中身は見えないようにレースのあしらわれた布で蓋をされていた
しかもその上には
『奴良リクオ様&雪女つらら様の赤ちゃん御在中』
という鶴亀の印刷が施された熨斗がついている
だらだらだらだら
リクオとつららは暫しの間その籠を見つめていた
「な、何か見舞い品みたいだね」
「ほ、ほほ・・・・リクオ様ったら」
ひくひくと引き攣る頬を隠す事無くつまらない冗談を言う夫に妻もまた口元を引き攣らせながら笑った
「では、お届けしましたので私はこれで、他にも寄らなきゃいけませんので」
と、用事は済んだとばかりに背中に背負っていた笠を被り始める
「え?ちょっ待・・・・」
「それでは、御懐妊おめでとうございます」
リクオが引きとめようと手を伸ばした瞬間、コウノトリはばさりと羽を広げて舞い上がり、つららに向かってそう言ってきた
そして
バッサ バッサ バッサ
「待って!!」
リクオの叫びも虚しくコウノトリはあっという間に空の彼方へと飛んでいってしまった
「・・・・・・行っちゃった」
リクオはぽつりと呟くと足元に置かれた籠を見下ろした
ご丁寧に熨斗までついているそれは、あたかも当たり前のようにそこに鎮座している
「僕達の赤ちゃんだって」
リクオはぼんやりとその籠を見つめながらぼそりと呟いた
「の、ようですね・・・・」
つららも同じように足元の籠を見下ろしながら頷く
「本当にこの中にいるのかな?」
リクオはその場にしゃがみ込むと、そっと籠の蓋に手を触れながら言ってきた
あのコウノトリは僕達の子供だと言っていた
しかしどうにも変だ
リクオは徐に籠を揺すってみた
「リ、リクオ様!」
夫の突然の行動に妻は慌てて声をかけてくる
しかし、妻もまた夫の心意を汲み取ったのか食い入る様に目の前の籠を見つめた
何も起こらない
「おかしいよね?」
リクオは妻の顔を見ながら聞いてきた
「はい」
つららも夫の言葉に素直に頷く
確かにおかしい
この中に自分達の赤ちゃんがいるのなら何故
聞こえてこないのだろう・・・・
赤子の鳴き声が
夫婦はお互いの顔を見合わせゆっくりと頷くと、レースに縁取られた蓋をえいっと一気に外した
!!!!
途端、花のような香りと陽だまりのような暖かな風がふわりと舞った
そして耳に微かに聴こえて来た赤子の泣く様な声
それは一瞬のうちに掻き消えてしまい、開け放たれた籠の中には何も無かった
リクオとつららは顔を見合わせる
そして次の瞬間
「うっ!!」
バタバタバタバタ
「つ、つらら?」
突然顔を顰めたと思ったら口元を押えながら妻が廊下を走り去ってしまった
その突然の妻の異変にリクオは慌てる
慌てて妻の駆けて行った廊下を辿って行くと、向こうの方から声が聞こえて来た
「あら、つららどうしたの?・・・て、きゃあ〜誰か誰か〜〜〜!!」
「なになに?どうしたの?ち、ちょっとこれって!?」
「誰か早く鴆様を呼んでちょうだい!!」
きゃあきゃあと女衆たちの悲鳴が響いてくる
リクオはさぁっと顔色を変えると急いで駆け出した
しかし
声のする方へ必死に向かってようやく辿り着いたリクオはその場で門前払いを受けた
その後、リクオが門前払いを受けた理由はすぐに分ることになるのだが・・・・
だがしかし
リクオはある重大な事実に気づく
「え、もしかして・・・・またおあずけ!?」
『奴良つらら御懐妊』
吉報を受けた若き夫は複雑な想いで数ヶ月の間過ごすハメになるのであった
奴良家に幸せが舞い降りた、とある日のお話でありましたとさ
了
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