「できました!」
気まずい沈黙が続くこと数分間
ようやく針仕事を終えたつららが嬉しそうに言ってきた
「本当、ありがとう」
少しだけぎこちなく振り返りながら、リクオは努めて平静を装っていつものように労いの声をかけた
「いえいえ、また言ってくださいすぐ付けますから」
つららもまた、先程の羞恥を紛らわすようにいつもの笑顔で頷いた
そして
「それでは、私はこれで」
ハンガーに出来上がったワイシャツをかけ、針箱を仕舞うとそそくさと退室しようとする
そんなつららにリクオは「あっ」とまた声を上げた
「はい?」
つららは一瞬ぴくりと肩を震わせたが、それでもいつものように聞き返してきた
そんなつららにリクオは少しだけ躊躇う
どうしよう・・・つららが行っちゃう
内心で「でも」とか「だけど」とか葛藤を繰り返す
いや、これ以上つららをここに留まらせるのはまずいよな・・・・
リクオはつららにはまだまだ沢山仕事が残っていることを思い出し眉根を寄せた
でも・・・・また姿が見えなくなるのは
嫌だった
その結果
「あの・・・お茶、もらえるかな?」
リクオは申し訳なさそうにつららへとお願いしてみた
「あ、はいすぐお持ちしますね」
しかし、つららは何故かほっと肩の力を抜き笑顔と共に頷くと、急ぎ足で部屋を出て行った
パタパタと廊下を走る聞き慣れた足音が遠ざかって行く
それを若干淋しく思いながら
ほっと安堵の息をつく
そして、リクオは先程浮かんだ自身の感情は何だったのかと考え始めた
つららは僕の側近だ
――うん、それは判ってる
そして仲間だ
――それも十分理解してる
でもそれって、他の皆も同じだよね?
――本当にそうなのかな・・・・
つららにあって他の皆にないもの
リクオはう〜んと頭を悩ませた
つららは優しい
――皆も優しいよね
つららは強い
――皆も強いよね
つららは時々怖い
――皆も僕が悪戯をした時は平気で怒ったよね
つららには側に居て欲しい
――皆にも側に居て欲しい、よ
つららが怪我するのは嫌だ
――皆が怪我するのも嫌だな〜
つららが他の誰かと仲良くしているのは嫌だ
――皆も他の誰かと・・・・
リクオはそこまで考えて、はた、と止まった
皆が他の誰かと仲良くしてても
別に嫌じゃないよなぁ
では、つららは?
ふと、つららが誰かと仲良くしている姿を想像してみた
『猩影君久しぶり』
『姐さんご無沙汰してます』
顔馴染みの組長と仲良く笑い合う姿にピクリ、と眉間に皺が寄った
『何よバカ牛頭』
『なんだと?雪ん子』
何だかんだと仲は悪いが毎回顔を至近距離まで詰め寄らせて怒鳴り合う姿にピキリ、と米神に青筋が立った
『あ、雪女さんたまには飲んで行って下さいよ〜』
『ごめんなさい、今日は迎えに来ただけだから』
化け猫屋の店員が下心丸出しで誘う姿にビキビキ、と頬が引き攣った
ごごごごごご
よく分らないがムカついた
気がつくと、昼なのに全身から暗い畏を噴出しながら半眼で目の前の壁を睨んでいた
つららが他の誰かと仲良くしていると無性に腹が立つ
特に男が相手だと尚更だ
胃の辺りがムカムカし
頭にかっと血が昇っていく
イライラと相手を殴りつけたくなる衝動に体が震えてきた
その勢いのまま壁を殴りつけそうになり、はっと気づく
リクオは冷や汗を流しながら
己の気持ちに気づいた
こ、これってもしかして・・・・
リクオは殴りかかった姿のまま暫くの間、その場に固まっていた
「リクオ様、お待たせしました〜」
先程の気まずい雰囲気が嘘のように、晴れやかな笑顔と共につららが襖を開けて入ってきた
「お帰り」
リクオは振り向くとにこりと笑った
つららが入って来た時、リクオは何事も無かったように机に向かっていた
そして、椅子から立ち上がるとつららの元へ近寄っていく
つららがお盆に載せてきた湯飲みにととと、とお茶を注いでいるそのすぐ隣にリクオは座った
「はい、淹れたてですよ〜」
そんなリクオにつららはいつもの様に笑顔で振り返り湯飲みを渡してきた
「ありがとう」
リクオはにこりと満面の笑みを作ると湯飲みを受け取る
そして
「つらら、あのね」
真剣な表情で彼女の顔を見つめてきた
数分後――
バターン
バタバタバタバタ
真っ赤な顔をしたつららが悲鳴を上げながらリクオの部屋から飛び出していった
そして
その部屋の中では――
「言っちゃった・・・・これからどうしよう」
赤い顔をしたリクオがぽつりと呟いていた
了
おまけ→
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