「あら、あれは・・・」
「どうした毛倡妓?」
廊下で仲間と他愛無い話をしていた毛倡妓は、思わぬ人物の思わぬ行動を目撃し思わず首を傾げながら呟いた
その場に一緒に居た毛倡妓の話し相手――首無も相手の意外そうな声に聞き返しながらその視線を辿ると、同じくおや?と無い首を傾げた
そこには・・・・
辺りをきょろきょろと見回す我らが主の姿
どうしたのかと主の様子を伺っていると、こちらに気づいたのか急ぎ足で近づいてこられた
かと思ったら開口一番
「つらら見なかった?」
と、いつもの主らしくも無く焦りを含んだ声音で聞いてきたのだ
「さあ」
「いえ、見ていませんね・・・どうしたのですか?」
とりあえず、焦る主の質問に毛倡妓と首無は今知る事実を素直に答えた
そして、主が何か所用があって誰かを探していると勘違いした首無は、嬉々として「急ぎの用なら俺が」と申し出た
しかし――
「あ、いやその・・・いいよ大丈夫、なんでも無いから、じゃあ」
と主は首無の申し出を断ると、逃げるようにその場から去って行ってしまった
そのなんとも奇妙な行動をする主に、忠実な下僕たちは顔を見合わせると
「どうしたのかしら?」
「さあ?」
二人はお互い首を傾げながら呟いていた
最近の僕はどこかおかしい
リクオは廊下を足早に歩きながら、ふとそんなことを思った
実は最近ある事に対して悩んでいた
それはとても些細なことだった
しかしその些細な事がどうしても気になってしまうのだ
リクオは自身の不可解な心に、一体自分はどうしてしまったのかと頭を抱えていた
そのある事とは――
つららの事だ
というか、彼女というよりも『彼女がいない』という事に対してだ
『雪女つららの不在』
それが、今のリクオにとって一番の悩みの種であった
ある時を境に自分は彼女の姿が見えなくなると、どうしようもない不安に襲われるようになった
とにかく一日一度でもその姿を見ないと落ち着かないのだ
何やら胸騒ぎが起きる
嫌な予感に焦ってしまう
居ても立っても居られなくなる
そうなってしまうと今度はその姿を見つけるまで、自分は屋敷中をふらふらと探し続けてしまう
しかも見つけたら見つけたで安堵はするのだが、しかしその場から離れられなくなってしまうのだ
また居なくなったらどうしようとか
また見えなくなってしまったらどうしようとか
このまま消えてしまったらどうしようとか
そんな不安に心が震えるのだ
たった一人の
娘の為に
そんな自分はあり得ないと
そんな自分はいつもの自分じゃないと
百鬼の主である自分がそんな事ではいけないと
頭ではわかっているのだが・・・・
しかし、実際には彼女がいなくなると居てもたっても居られなくなってしまう
というのが事実で――
僕何やってるんだろう・・・・
こんな姿誰かに見られたら恥ずかしい!
と思春期の男の子には誰にでもある、見栄やら虚勢やら立場やらが心の中でせめぎ合う
そんな男の子の事情に苦しみながら、リクオは悶々と悩み続けるのであった
気にした事など無かった
あいつはただの守役で
側近で
下僕で
百鬼のひとりで
僕にとってはそんな程度の認識だった
はず・・・・
そう
今までは・・・・
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