「あの時は本当に世話になったなぁ」
男は隣を歩く少女に向かって改めて礼を述べていた
先日男は怪我を負った
その時、路地裏で倒れている所をこの少女に助けられたのだった
しかも怪我をした男を抱えて、屋敷まで連れて来てくれた
屋敷の側近達に迎え入れられている間に、この少女は忽然と姿を消してしまっていたのだが
自分の怪我を心配してこうやって様子を見に来てくれたらしい
門の前でうろうろとしていた所を、側近の一人が見つけて報告しに来てくれたのだった
男は、なら丁度良いと少女を散歩に誘った
ついでに街で何かを買い与えて、その時の礼をしようとも思っていた
しかし
「お礼に何か買ってやるよ」という男の言葉に
少女の口からは意外な答えが返ってきた
「で、では・・・その、このまま散歩をしましょう」
と・・・・
恥ずかしそうにそう言う少女に驚きつつ、そんな位ならお安い御用さと付き合ってやった
暫く歩いていると、街外れの丘に辿り着いた
二人はそこで他愛ない話を交し合う
「そう言えば、まだ名前聞いてなかったな?」
聞いてもいいかい、と男は少女を見下ろした
「あ、はい・・・若菜、と申します」
少女は恥ずかしそうに、もじもじと手を弄りながら名前を教えてきた
「そうか、若菜か・・・・いい名だ」
そんな少女に男は微笑みながら頷く
「あ、あの・・・貴方の名前も」
ちらりとこちらを探るように伺ってくる視線に男は口角を上げると
「鯉伴・・・奴良鯉半だ」
己の名前をあっさりと教えた
「鯉伴・・・・さん」
「ああ」
若菜と鯉伴
お互い顔を見合わせて笑い合った
「改めて、あの時はありがとう、あんたは命の恩人だ」
「そ、そんな・・・・恩人だ何て・・・・」
鯉半の言葉に若菜は慌てて首を横に振った
そんな大それた事をした自覚は無かった
ただ人が怪我をしていた
それを見た途端、体が勝手に動いていた
気づいたら、この人を抱えて家まで送っていた
ただそれだけだった
そんなとんでもない、と顔と手を左右にぶんぶん振る若菜に鯉半は思わず苦笑する
「ああ、悪い悪い・・・・あんたいい人だな」
くっくっくっ、と笑いを堪えながら鯉半は若菜に言う
「いい人だなんて・・・・」
若菜は目の前の美丈夫にそう言われて、なんだか恥ずかしくなってしまった
私ったらまたお節介なことを・・・・
あの時助けた事を悪いとは思わないが
しかし心配でここまで押しかけてしまった自分はなんてお節介焼きなのだろうと、顔から火が出るほど恥ずかしくなってしまった
何やってるんだろう私
ぎゅっと固く目を瞑り顔を真っ赤にさせて俯く若菜を、鯉半は不思議そうに見つめていた
笑ったかと思ったら急に真っ赤になって・・・・面白いなこの子
ふと湧いた自信の感情に鯉伴自身が驚いた
こんな事を他人・・・・しかも異性に思うのは何年振りだろう
あいつがいなくなってから久しく思わなかった感情
鯉半は戸惑っていた
内心の動揺を悟られまいと周りをちらりと見遣る
そこに在るものに視線が止まった
「アンタみたいだな」
鯉半は微笑みながら地面に咲くその花を見つめた
「タンポポ?」
若菜は鯉伴が見つめる場所を見て驚いたような声を上げた
瞬間真っ赤になる顔
「そ、そそそそんな私なんてその・・・・」
またしてもわたわたと慌てだし両手をブンブン振りながらしどろもどろに何か絶叫していた
鯉伴さんの方が私なんかよりずっとずっと綺麗です〜、と言ってくる少女に鯉半はまたくすりと笑みを零した
「そうかい?そっくりだと思うけどな」
鯉半はそう言いながら足元に咲いていたその花を一つ摘むと若菜の耳へと挿してやった
長い指先で柔らかなその髪に触れる
ドキリと体を強張らせて見上げてくる少女に鯉半は囁くように言った
「明るくて可愛らしい・・・・笑ったと思えば真っ赤になってコロコロと表情変えて、それに優しいしな・・・・この綿毛みたいに」
鯉半はそう言うと、もう一つ摘み取った綿毛のタンポポを、ふう〜っと息を吹きかけて空へと舞い上がらせた
「元気にくるくる回って、あんたみたいだ」
鯉半は夕日を背にしながら笑って見せた
そのあまりにも美しい光景に若菜は顔を真っ赤にさせて固まる
鯉半の言葉もそうだが、なんて真っ直ぐな目をしているのだろうと、暫しの間男の瞳に見惚れてしまっていた
夕日が沈み始める逢う魔が時
その場に在るのは
見つめ合う二人だけ
「「あ・・・・」」
二人同時に口を開いた瞬間
「二代目〜〜〜〜〜!!」
遠くの方から駆け足でこちらに向かってくる小さな影があった
「こんな所にいたんですかい?」
「お前ら・・・・」
夕飯の時間ですぜ!と嬉しそうに駆け寄ってきた屋敷の小妖怪たちに鯉半は片手で顔を覆った
[戻る] [短編トップ] [次へ]