俺はとぼとぼと屋敷に戻ってきた
今回の百鬼夜行はただの徒労に終わってしまった
一体何のために出入りをしたのか?
一体何の為に走り回っていたのか?
”つららの記憶は元に戻せない”
その事実だけが解っただけだった
一緒について来てくれた仲間達も落胆を隠せないらしい
皆無言で屋敷の中に戻って行った
屋敷へと戻る下僕達を横目で見ながら俺は一人庭に残った
目の前の枝垂桜をぼんやりと見上げる
「結局徒労に終わっちまった……」
誰に話すでもなくぽつりと呟くと、その樹の幹にそっと触れた
ごつごつとした手触りとひんやりとした感触が伝わってくる
俺はその幹にそっと頭を預けた
巨大な桜に銀髪の男が一人
堅い幹に額を押し当て己の腕で目元を隠しながらその男は漏れ出る嗚咽を必死に堪えていた
珍しく声を押し殺して泣くその男を
遠い日の記憶を思い出しながらその桜の樹は長い手足で彼を覆い隠すのであった
長い長い夢を見ていた
遠い遠い昔
僕がもっと幼かった頃
一緒に遊んで
一緒に笑ってくれた子がいた
僕よりずっと大きくて
たぶん歳もぼくよりずっと上で
でも僕はその子が大好きで大切で
子供の頃その気持ちを何とか伝えたくて
その想いを形にしたくて一生懸命伝えた言葉があった
「ぼくがつららを守るんだい!」
久しぶりに昔の夢を見た
遠い遠い昔の記憶は色褪せていたけど
でもはっきりと覚えていて
いつの間にか頬を濡らしていた跡を僕はぐいっと手の甲で拭うと布団から出た
部屋を出ると庭に白いものが見えた
それが彼女だって直ぐにわかった僕は、下駄を引っ掛けて走り出していた
少し離れた場所にいた彼女の元に辿り着くと、少しだけ呼吸が乱れた
小さく深呼吸をして彼女の名を呼ぶ
「つらら」
すると彼女は人形のように無表情のまま振り返り小首を傾げてきた
「何か?」
ぽつりと呟かれた言葉に僕の胸の中がきゅうっと収縮したが
それでも僕はさっき決心した事を彼女に伝えたくて拳に力を込めると一歩彼女の前に出た
「つらら、聞いて」
「はい」
きょとんと見上げてくる無表情な彼女の顔
それを見下ろしながら僕は一言一句ゆっくりと言葉を紡いだ
「僕がつららを守るから、だから……」
これからもずっと側に居て
無くなった記憶はもう戻らない
でも
彼女はここに居る
だから
僕はもう一度誓いを立てた
そう
彼女を今度こそきっと必ず守ってみせるって
僕が言った言葉に無表情だった彼女の頬が少しだけ
そう少しだけ……
色付いて見えたのは僕の気のせいだったのだろうか?
そう
またここから……
僕の世界はまた反転する
了
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