その次の日
やっと待ち侘びた報告がやってきた
僕は急かすように報告に来た黒羽丸に聞いた
「それで、つららの記憶喪失の原因は何だったの?」
身を乗り出して聞いてくる僕に、黒羽丸はやつれた表情でこう報告してきた
雪女の記憶の喪失はやはり妖怪の仕業です
と――
その瞬間、僕は一瞬だけ顔を歪ませた
「で、誰なの?」
凍りつく心の臓を堪え平静を装いながら再度聞き返す
「はい暗中模索の末、一つだけ有力な情報がありました」
跪いたまま黒羽丸は僕の瞳を真っ直ぐに見上げながら話し出した
「最近、良太猫の所で見かけるようになった妖怪が、酒に酔った勢いで店の猫娘達に自慢話をしていたそうです」
ゆっくりと一言一言丁寧に伝えてくる黒羽丸の顔は相変わらず無表情で
でも瞳だけは真剣で
だから僕はその言葉に耳を覆いたくなる気持ちを抑えて彼の話を聞いていた
「なんでも、その者の仕える大将が『記憶を喰らう妖怪』だそうです」
黒羽丸はずいっと一歩僕ににじり寄ると声を潜めて言ってきた
「しかも奴良組を狙っているようで、先日側近の…女の妖怪の記憶を喰らったと自慢げに話していたと……」
僕はその言葉に思わず顔を覆ってしまった
ああ……やっぱり……
予想していた事実に僕の心は悲鳴を上げた
やっぱり……
彼女は運悪く狙われてしまっただけなんだと
たまたま奴良組の一員だったが為に
しかもたまたま一人でいた為に
彼女は狙われたのだと
僕の心の中では後悔の念が荒波のように押し寄せていた
あの時一人にしなければ……
僕は喉奥まで出かかった嗚咽を無理矢理飲み込んだ
「黒羽丸、皆に伝えろ」
まだだ、まだ早い
僕は黒羽丸を見下ろしながらゆっくりと言葉を紡ぐ
そう、全ては終わってから
「出入りだ」
目当ての敵はすぐに見つかった
いや、待っていたと言うべきか?
敵は廃墟となった大きな屋敷にいた
屋根は既に崩れてなくなり
柱や壁は殆どが崩れている
大きくぽっかりと開いた屋根の下
ぼろぼろになった巨大なソファーの上にそいつは寝そべっていた
「ようやくお出ましかい?」
ぷかりと煙管の煙を燻らせながら、男は赤く光る瞳で俺を見据えてきた
男を取り囲むように奴良組の百鬼達が周りをぐるりと囲っているにも関わらず
その数に恐れることも無くまた口からぷかりと煙を吐いていた
「お前が俺の側近の記憶を喰らった奴か?」
俺は畏れを膨らませながら目の前の男に質問する
その言葉に男はくつくつと笑いながら頷いた
「ああ、あの女?美味かったぜ〜なかなか」
男はくつりとそう言うとまた煙管を咥えた
「貴様……」
知らず眉間に皺が寄る
ぎちりと懐に入れていた拳に力が篭った
「なぜつららの記憶を食った?」
「ああ?そりゃおめぇ、食事だよ食事。美味そうだったんでな」
だらりと体をソファーに預けながら男はそう言って笑い出した
「くく、巷じゃ俺が奴良組を狙ってるって噂があるがありゃデマだぜ?俺はただ腹が減っていて、丁度見つけた女の記憶を喰っただけだ」
くつくつと可笑しそうに男は笑った
なんだそんな事かと呆れたように
侮蔑を含んだその笑いに俺の視線も険しくなる
こんな奴の為につららは……
ただの食事と言ってきた男に更に怒りの念が強くなった
「記憶を戻せ……」
俺は男を更に鋭い目つきで睨むと静かな口調でそう告げた
その言葉に男は途端笑い出す
「何が可笑しい?」
苛立ちを隠すことも無く俺が聞き返すと、男は腹を抱えたまま見上げてきた
「あんたさ〜聞いてなかった?」
「何をだ?」
尚も笑い続ける男に我慢ならずとうとう弥々切丸を鞘から引き抜く
「おっと……そんな物騒なもん仕舞ってくれよ」
「答えろ」
ぎらりと向けられた刀身から、まあまあと手を前に出して体を庇う真似をする男を睨みつける
そして
次に発せられた男の声に俺は瞠目した
「聞いてなかったのかって、俺は喰っちまったんだぜあの女の記憶を……もう消化されて俺の栄養になってんの、わかる?」
男はみるみる目を見開いていく俺の顔を可笑しそうに見つめながら更に言葉を続けてきた
「あの女の記憶は何処にも無い、もう戻せないんだよ」
くつくつと笑いながら説明する男の言葉を何処か遠くの方で聞いている自分が居た
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