人力車の上で私が黙って俯いていると
珍しく車夫である少年が声をかけてきた
「どうなさいましたか?」
「え?」
私は突然かけられた声に思わず声を上げてしまった
慌てて下を向く
年頃の娘がはしたない
前にいる少年にそう思われていないかと、恐る恐る彼を盗み見た
しかし彼はそんな私の声を気にする事無く車を引き続けていた
安堵する私
しかし、私は先程から頭の中をぐるぐると廻る思考にまた下を向いて黙り込んでしまった
すると、また彼が声をかけてきてくれた
「いえ、今日は少し元気がないように思えたものですから」
かけられた言葉は少しだけ探るような声音を含んでいた
その言葉に私は喜び
そして落ち込んだ
彼に心配をさせてしまった
しかも思い出したくもない事で
私は暫くの間言おうか躊躇ったが、彼がどう反応するのか見てみたくて言ってみた
「私ね……お見合いする事になったの」
彼の反応をじっと見守る
「そうですか」
彼は前を向いたまま淡々と答えてきた
「ええ」
私は何故か心が震えるような感覚に襲われながらも気丈にそう返事を返した
暫くの間沈黙が続く
それだけ?
私が少しだけ落胆していると、彼はゆっくりと息を吐きながらこう言ってきた
「おめでとうございます」
と……
私はその瞬間泣きそうになってしまった
彼から聞きたいのはそんな言葉じゃないのに
彼から聞きたいのは……
そこまで考えて私ははっとした
私は……彼のことを……
気づいた己の心に私は自嘲の笑みを零した
遅いのに
もう遅いのに
いまさら気づいたってもう……遅い
私は来月お見合いをさせられる身
いまさらこの想いに気づいたってどうにもならない
俯いた私の頬に温かい涙が伝っていった
彼はただの使用人で
私はその主人
どう足掻いても、どう懇願してもきっと許してくださらない
それに
彼は私のことなんてなんとも思っていないに違いない
今だって彼は何事もなかったように車を走らせている
それが彼の仕事
私はただ荷物のように彼に運ばれていくだけ
それが彼の仕事だから
それが彼の役目だから
だから
「早く走って、……もっと早く、お願いリクオ」
「はい、つららお嬢様」
彼はそう言って頷くと、私の言いつけどおり走るスピードを速めてくれた
走って走って連れて行って
もっと速く
ずっと速く
このまま誰も追いつけないくらい
できることならこのままずっと……
ガラガラ ガラガラ
ガラガラ ガラガラ
廻る廻る
車輪が廻る
あの人を乗せて
どこまでも
ガラガラ ガラガラ
ガラガラ ガラガラ
走る走る
想いは走る
このまま何処かへ連れ去りたいと
このまま何処かへ連れ去ってと
できることならこのままずっと
二人共にどこまでも……
了
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