奴良家きっての一大事



みな慌てふためき、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ

先程からこの事態をどうにかしようと屋敷中の妖怪達が右往左往していた

あまりの緊急事態に普段はぼーっとしている3の口でさえもあたふたしている始末

みな浮き足立ちどうしたら良いか分らず頭を抱えていた



「と、とりあえずさっき鴆君呼んだから、みんな落ち着こう」



この場を収拾するべくリクオが一歩前に出て声を張り上げる

その途端、辺りはしーんと静まり返った

みな一斉にリクオに視線を向ける

その視線を浴びながら、なんとか騒ぎが治まった部屋をリクオは見回した



皆かなり慌てていたせいか、呆然と立ち尽くす下僕達の姿は実に妙だった



何を勘違いしたのか頭に蝋燭を立てて祈祷している者

箒とハタキを持って身構えている者

さらには病気の時に使用する桶と氷嚢を用意している者



リクオの視界に映るのは、まさに奇妙奇天烈極まりない格好をしている者ばかりだった

その姿にリクオは小さく嘆息すると、それぞれ片付けるよう指示を出す

主の言葉に皆我に返り、殆どの者が照れ笑いをしながらそそくさと部屋を退室していった

そしてその場に残ったのは、いつものメンバー



首無と青田坊と黒田坊

それに河童が残っていた

そして・・・・



部屋の真ん中にぽつんと立つ小さな影

一人は毛倡妓

そしてもう一人は



つらら



だった

リクオはその二人を見て「はぁ〜」と盛大な溜息を吐いた

己の側近でもある二人の女妖怪は、今は幼児の姿になっていた

しかも自分達を見上げながら、おどおどと怯えているではないか



毛倡妓は妖怪になる前の姿に

つららは子供の頃の姿に



しかも、二人とも姿だけではなく頭の中まで過去に戻ってしまったらしい

先程からリクオ達が質問する内容に二人とも首を傾げていた



「ええっと、とりあえずさっきの続きをしよう」

溜息混じりにリクオは隣の首無へと視線を向ける

首無も「はい」と頷くと、今度はつららへ向き直った

「雪女」

「はぁい」

いつもよりも大きい円らな瞳にキョトンと見上げられ、首無は一瞬押し黙った

「え〜、コホン・・・ここに知っている者はいるか?」

首無の言葉につららはぷるぷると首を振る

「じゃ、じゃあ君の名前は?」

詰め寄るようにリクオが前に出る

「・・・・知らない相手に名前を言ってはだめだってお母様が言ってました」

その警戒する様な目つきにリクオはがくっと項垂れた

「リクオ様、たぶんつららはここへ来る以前の姿になっているようです」

落ち込むリクオを慰めるように首無が付け加える

「うん、そうみたいだね・・・・」

どんよりと暗い表情をしたリクオが力なく頷いた

そこへ

「お母様はどこですか?」

無表情のつららがリクオに聞いてきた

「え?」

リクオはきょとんとつららを見下ろす

その真剣な瞳にうっと言葉が詰まった



つららの母



そう言えばリクオはつららの母――雪麗の姿を見たことは無かった

自分の知らぬ女を恋しがり居場所を聞いてくる目の前の幼女に何も言えなかった

「ごめんよ、僕君のお母さんの居場所知らないんだ」

そう言ってリクオは眉根を下げて謝った

その途端、しゅんと項垂れるつらら

しかも大きなその黄金の瞳が膜を張り、ふるふると震えていた

今にも泣き出しそうなその姿に一同ぎょっとする

慌ててつららへと言い募った

「お、お母さんす、すぐ帰ってくるよ」

「そ、そうそう・・・ちょ、ちょっと用事ができて今はいないけど」

もちろん真っ赤な嘘である

しかしその嘘につららはぱあっと顔を明るくした

「ほんと?」

「ほんと、ほんと」

「じゃあ、いつ帰ってくるの?」



う・・・・



一同ひやりと冷や汗を流す

なんて言えばいいんだと、皆が顔を引き攣らせていると



「だめでありんす」

横から声が聞こえてきた

見ると、眉を吊り上げて怒ったような毛倡妓・・・もとい紀乃がつららを見ていた

「お母様に用事があるのならちゃんと大人しく待っていなきゃだめでありんす」

その力強い言葉につららは目を瞠りながら、こくりと頷いた

「わ、わかった」

怯えるようなその視線

年上のしかも女の子に言われてしまい、つららはそれ以上何も言えなくなってしまったのか、そのまま黙って俯いてしまった

そして紀乃はといえば

「良い子でありんす、これあげるでありんす」

と懐から飴を取り出してつららへと差し出した

「ありがとう」

途端、つららの顔は笑顔に変わり嬉しそうに飴を受け取る

その様子を固唾を飲んで見守っていた大人たちは「ほぉ〜」と盛大な溜息を吐いてその場に崩れ落ちた

「と、とにかく良かった、後は鴆君が来てくれれば」

リクオはそう言いながら、まだ来ぬ義兄弟へ早く来てくれと心の中で呟くのであった


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