「ん・・・うふ・・・」
「・・・・く」
静かな静かな闇の中
行灯の明かりが仄かに灯る奥の部屋
微かに響いてくる吐息が二つ
「あ・・・く・・・つ、らら」
その部屋の真ん中で白銀の長い髪を持つ青年が苦しそうに眉根を寄せていた
彼の足元からは、くちゅくちゅという音が聞こえてくる
「う・・・あッ」
突然青年の背中がビクンと跳ねたかと思うと、眉間に皺を寄せて苦しそうな声を上げてきた
「はあ・・・はあ・・・もう、よ・・・せ」
青年は息も絶え絶えに己の足元に向かって制止の言葉をかける
「く・・・あ」
その言葉に反応するかのように、ちゅうっと吸い上げるような音が響いた途端、青年は背中を仰け反らせて喘いだ
びくびくと体を震わせながら白銀の青年――リクオはどうしてこうなってしまったのかと頭の隅で考えていた
細い細い下弦の月が浮かぶ夜
とんっ、と軽やかな音を立てて芝生の上に着地する影が一つ
枝垂桜の長い枝葉が揺れるその庭に、月明かりに照らされた長い銀糸がさらさらと風になびいていた
すらりと庭の中に立つ長身の銀髪の青年の腕の中には、小柄な少女が抱きかかえられている
数刻前、通り魔事件の犯人である髪切り口裂け男を退治したリクオは、衣服を破られぼろぼろになったつららを抱えて屋敷へと戻って来た
「も、もう大丈夫です」
つららはそう言うとリクオの腕の中から抜け出そうと身じろいだ
「怪我してるんだから大人しくしてろ、部屋まで送ってやるから」
リクオはそう言うと、ゆったりとした足取りで芝生の上を歩き始める
「で、でも・・・皆に見られでもしたら・・・・」
恥ずかしいです、とつららは上目遣いでリクオの顔を見上げながら頬を染めた
そんなつららに構わずリクオが屋敷の廊下に上がったその時――
誰かが歩いて来る気配がした
「リ、リクオ様!」
こんな所を仲間に見られでもしたらそれこそ大変だと、腕の中のつららは慌てて降りようともがく
「大丈夫だって」
慌てて腕から抜け出そうとしたつららの体をひょいと抱き直すとリクオは笑いながら言ってきた
「今俺達は誰にも気づかれちゃいないさ」
リクオの言葉通り、こちらへ近づいてきた屋敷の妖怪は二人に気づく様子も無くそのまま通り過ぎて行った
「な?」
リクオは息を殺して腕の中で縮こまっていたつららに片目を瞑ってみせる
「もうリクオ様・・・」
こんな事で畏を使わないで下さい、と悪戯好きな主を呆れた顔で見上げた
「まあ、だから大人しく俺に部屋まで運ばせろ」
そんなつららに苦笑しながらリクオはそう言うと、彼女の部屋へと続く廊下を歩き始めた
すっと、静かに開かれる襖
するりと部屋へ滑り込んだリクオは、ゆっくりと腕の中の女を畳の上へと降ろした
つららはぺたんと座り込むと、ほっと体の緊張を解く
「ありがとうございます」
ここまで運んでくれた己の主につららは申し訳ないような顔をしたまま礼を述べた
「気にすんな、それよりつらら、お前怪我してるだろ?」
「え、あ、はい・・・でもこれ位なんともありません」
つららはリクオの言葉に首を振る
「たく、これのどこが大丈夫だって言うんだよ?」
言われたリクオはどこか不機嫌そうにその場に膝を折ると、つららの腕を掴んで軽く捻った
「痛・・・」
その途端、つららの顔が苦痛で歪んだ
「たく・・・・」
お前は無理し過ぎなんだ、とリクオは半目になってつららを見下ろした
「すみません」
「ちょっと待ってろ」
しょんぼりと俯くつららにリクオはそう言うと、立ち上がり部屋を出て行ってしまった
「?」
つららはどうしたのかと疑問に思いながらそのまま主を大人しく待っていると、すぐにリクオは戻ってきた
その手には小さな箱を抱えている
リクオはつららの前に腰を下ろし畳の上にその箱を置くと、徐につららの腕を取った
「腕出してみろ」
「へ?」
「怪我してんだろう?」
先程畳の上に置かれた箱が救急箱だということを理解した途端つららは慌てて首を横に振りだした
「い、いいいいいけません!そ、側近にそんな事など」
「いいから貸せ」
リクオ自ら傷の治療をしようとするのを、つららは慌てて止めようとしたのだが、リクオはムッとした表情をすると無理やり傷口に薬を塗り始めた
「痛ッ・・・」
「ほらじっとしてろ」
少々乱暴に薬を塗りこまれたつららは痛みに顔を顰めていたが、すぐにリクオの手つきが慎重なものになると大人しくされるがままになった
腕や足、つららの体の至る所に擦り傷や切り傷、さらには絞め痕まである
リクオは治療を施しながらその痛々しい姿に渋面を作った
「どこが平気だよ・・・・」
ぼそりと呟く
こんな小さな、華奢な体に数え切れないほどの傷痕
このまま残りはしないかとリクオは心配になった
「まあ、残ったときには俺が責任取ってやるがな・・・・」
リクオは口角を上げながら、つららには聞こえないように小さな声で囁いていた
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