「行ってきます」
玄関でいつもの様に出かける旨を伝える挨拶が響いてきた
しかし今朝はいつもとは少し違ってどこか緊張した、けれど嬉しそうな音を発していた
それもその筈

今日は日曜日

ついでに言えばリクオとつららの久し振りのデートの日だった

学業に魑魅魍魎の主にと大忙しのリクオは、毎日右往左往と駆けずり回っている
しかも、休日は清次率いる清十字団の集まりもあり、なかなか休みという休みが取れないでいた
しかし、今日は運の良い事に何も予定が入って来なかった
つららと二人で出かけるチャンスが無かったリクオとしてはこの機を逃す筈も無く
ちゃっかりとつららとのデートを約束していたのであった
「それじゃ、行って来ます。夕飯は外で食べてくるから」
そう言ってにこにこと満面の笑顔でリクオは言うと、恥ずかしそうに微笑むつららと手を繋いで仲良く出かけていった

「うふふふ、まあ、なんて可愛らしいんでしょう」
「ええ、仲良く手を繋いじゃって」
密かに二人の仲を応援する実母と側近は、目元を綻ばせ二人の背を見送りながら嬉しそうにどちらとも無く呟いていた
「いっそのこと・・・・」
「ええ、いっそのこと・・・・」
そこで二人は言葉を切ると小さくなっていく二人の背中を恨めしそうに見つめる
そして、ぽつりと――

「「今日は帰って来なくてもいいのに・・・・」」

などと、健全な学生に向けて言うにはいささか問題な発言を、本気とも取れる声音で溜息混じりに呟いていた

「わ、若菜様・・・・」
そしてその背後では、これからその二人の護衛に向かう予定の三羽鴉たちが、冷や汗と共に複雑そうな声をぽろりと零していた





「リクオ様、こっちですよ〜」
「あ、待ってよつらら」
にこにこと、久し振りのデートにはしゃぐつららを、言葉とは裏腹に楽しそうな声音で呼びながらリクオはその後を追っていた
リクオもまた、久し振りの二人きりのデートに浮かれていた

この日の為に僕がどんな思いをしたことか・・・・

リクオはやっとこじつけたこの日に、日々の苦労を思い出し感極まれりと拳を振るわせた
実は、今日の為にリクオは一ヶ月も前から並々ならぬ努力をしていたのだ

学校では、宿題の写しから始まり、掃除の代わり、サッカー部や陸上部の試合の代理、果ては告白のお膳立てから各委員会のスピーチの代弁など、ありとあらゆる頼まれ事をそつなくこなし

家では、総会やら夜行やら貸元達の揉め事、派閥、申し立てなどなど総大将としての仕事を完璧にやり遂げ

部活では、清次の傍若無人な思いつきツアーやら、「奴良君ちで会議をやろう」などの提案を早いうちに承諾し、遂行し挙句、調子に乗った清次の「来週は〜」の提案を「あ、来週は用があって行けないから!」とばっさりと斬り捨て断っていた

何はともあれ、忙しいこの身を削り粉骨砕身尽くした結果勝ち取った久し振りの休日に、リクオは嬉しさで目尻に熱い何かをキラリと光らせながらこの余韻に浸っていたのであった

「リクオ様?」
そこへ、「どうされました?」と、リクオの心の歓喜を知る由も無いつららが不思議そうに顔を覗きこんで来た事で、リクオの一人祝賀はあっけなく終わった
「何、つらら?」
途中で中断されたことを全く気にする事もなく、リクオは尚一層嬉しそうに満面の笑顔でつららに向き直る

危ない危ない・・・・

タイミング良く現実に引き戻してくれたつららにリクオは内心で感謝をしつつ、ほっと安堵の息を吐いた

これからまだまだやる事はたくさんあるんだから・・・・

楽しそうに笑顔を向けるつららを見下ろしながら、リクオは内心でほくそ笑んでいた
そうこれから・・・・

僕には大事な仕事が待っているんだから・・・・

リクオは昨夜寝ないで考えた今日のプランを頭の中で入念にチェックしながらつららに幸せそうな声で呟いた
「今日は最高に良い思い出にしようね」
「??・・・・はい!」
何も知らない愛しい女は、愛する男の優しい言葉に嬉しそうに破顔していた



キャーーーーー

遠く離れた場所で女の子達の楽しげな悲鳴が響いてくる
大小様々な乗り物に
趣向を凝らしたアトラクション
今回のデートの行き先は
ずっと前から愛する恋人が行きたいと密かに思っていた

遊園地

つららは目をまん丸にしてその入り口のゲートを見上げていた
「リクオ様、知ってたんですか?」
つららは振り返るや、驚いた表情でリクオを見上げる
そのまん丸に見開かれた大きな瞳を覗き込みながら「もちろん」とリクオは答えると
「愛しい恋人の行きたい所くらいはちゃんと把握してるつもりだけど」
してやったりと、嬉しそうに笑いながらリクオは続けた
「ありがとうございます」
リクオの言葉につららは満開の花のような笑顔で嬉しさを表現してくれた
彼女のはしゃぐ姿に顔を綻ばせながら、リクオは今回の情報提供者でもある本家の女中達に心の中で感謝をしつつ仲良くゲートをくぐって行った

「つららどれ乗りたい?」
「そうですね〜、あ、あれはどうでしょう?」
園内に入ってパンフレットを広げながら聞いてくるリクオに、つららは口元に人差し指を当て暫くの間思案したあと目の前にそびえる建物を指差して答えた
あれ
彼女が指差したソレは

園が誇る最凶の絶叫マシーン

「こ、これ?」
「はい!」
初っ端からこれは不味いんじゃ?と言いかけたリクオは思わず口を噤んだ
リクオの目の前
頭二つ分下の方では
瞳をキラキラさせて期待に満ちた顔を向けるつららがいた
「じゃ、あれに乗ろうか?」
「はい!!」
あんなに可愛い笑顔を見せられたのでは嫌とも言えず、リクオは「大丈夫かなぁ」と内心不安になりながらも初遊園地に心を躍らせる恋人を連れて目的の場所へと向かっていった



「大丈夫つらら?」
数十分後
つららのご希望通りの乗り物を乗り終えた後、備え付けのベンチで二人は休憩していた

ひとりは涼しい顔で
もうひとりはぐったりと青褪めながらベンチに項垂れていた

案の定『初ジェットコースター』(しかも最凶モード)を経験したつららは、始終絶叫しっ放しだった
しかも乗り終わった後は足腰が立たなくなってしまい、公衆の面前でリクオにお姫様抱っこをされた挙句、ベンチに下ろされるや「きゅ〜」と奇怪な声を発して気絶してしまった
その後、リクオの介抱のお陰で意識を取り戻したつららだったが、未だに目は回ったまま
足が地に着いているのか頭が天上を向いているのかさえよくわからない感覚につららはぐったりとしていた
そんなつららを、リクオは先程買ってきたジュースをつららに差し出しながら心配そうにつららの顔を覗きこんでいた
「大丈夫つらら?これ飲める?」
「はい〜〜?」
ぐるぐる回る目と呂律の回らない口調で何とかジュースを受け取ると、ぐびりと一口飲む
するとようやく頭がすっきりしてきたのかリクオに向き直り頭を下げてきた
「ありがとうございますぅぅ〜〜」
まだ完全には復活していないらしい・・・・
こりゃだめだ、とリクオが苦笑しながらつららの横に腰を下ろした

のどかな日だった

日は暖かで風も優しく
小鳥が囀りながら頭上を飛んで行く
アトラクションの機械音と
遠くから聞こえる楽しげな喧騒

久方振りのゆっくりとした時間にリクオは瞳を閉じてこの空気を肌で感じていた
ふと、横から視線を感じて顔を向けると
すまなさそうな表情をした彼女と視線がぶつかった
「どうしたの?」
「すみません」
何事かとリクオが聞くと、つららは申し訳なさそうに謝ってきた
その言葉にリクオが首を傾げていると、つららが言葉を続けてきた
「その・・・ご迷惑をかけてしまいました」
「そんな事思ってないよ」
現在も『リクオ様の側近』を誇りに思っている彼女は、こういった場面でも自分に迷惑をかけるのを嫌がる傾向がある
「別に迷惑かけてもいいって言ってるのに・・・今日は僕達は『恋人同士』なんだよ?それともそういうのは嫌かな?」
優しく諭すように言った言葉に、つららははっと目を見開くとまたすまなさそうにシュンと項垂れてしまった
「もうしわけ・・・」
「ほら、しょうがないなぁ」
またしても謝ろうとするつららにリクオは困ったような顔を向け眉根を下げた
「ううう・・・・」
「よし、バツとして今日は一日僕の言う事聞くこと」
「ええ!?」
「だって『約束』破っただろう?」
楽しそうに言うリクオにつららは「うっ」と冷や汗を流しながら呻くと、また「すみません」と言って項垂れてしまった
「ほらまた」
そう言ってリクオは苦笑した

恋人同士になった二人は、お互いの立場を考えて様々な約束事を決めた
その内の一つが『恋人のときは主従の壁は無くそう』であった
せめて二人きりの時くらいは恋人らしくありたいというリクオの希望だった
その約束を破ってしまった事につららは「またやってしまった」と落ち込み肩を落とす
そんなつららをリクオは仕方ないな、といつも許してくれるのだけど
だが今日は違った
何故か今日のリクオは許してくれなかった
いつもと違う恋人の態度に、つららは「嫌われてしまったのかしら?」と不安になった
しかし
「じゃ、行こうか」
リクオはそんなつららの不安を他所に、実に楽しそうにそう言うとつららの手を取り歩き始めた

取り越し苦労だったのかしら?

と、リクオのいつもの様子につららが胸中で安堵していたのだが
その後、この時の考えを彼女は深く後悔するのであった



カチャリ
ドアの開く音と共にぱっと明るくなる室内
完全オートロックのスイートルームにリクオ達は居た
「わあ」
眼前に広がる景色につららは感嘆の声を上げる

目の前には一面ガラス張りの窓
その向こうには真っ暗な闇の中に煌く星
暗黒の這う地上には色とりどりのイルミネーション

それらがつららの視界に飛び込んできた
「気に入った?」
窓にべったりと張り付き、夜景に見入る彼女に苦笑を浮かべながらリクオが感想を聞いてくる
「はい、とっても!」
すると、リクオの言葉に頬を窓ガラスにつけたまま、ぱああっと明るい笑顔を向けて頷いてきた
子供のようにはしゃぐつららにリクオも満足そうに目を細め、そして彼女の隣に立つと同じように夜景を見下ろした
「綺麗だね」
「はい」
リクオの呟きにつららが即答する
食入るように窓の向こうを見る彼女の肩をそっと抱き寄せた
途端、ぴくりと強張る小さな体
未だこういう行為に慣れない初心な彼女は、少しだけリクオに寄りかかりながら恥ずかしそうに俯いていた

きっと夜景なんて見てる場合じゃないだろうな

リクオは恋人の心の動きを正確に察知しながら静かに口を開いた
「つらら」
名を呼べばピクリと緊張する
そんな反応に小さく溜息を付きながらリクオは肩に置いた手に力を込めた
「今日は久しぶりのデートだったから奮発しちゃった」
ちょろっと舌を出しておどけて見せるリクオにつららの肩の力が抜けていく
「た、高かったですよね?」
恐る恐る聞いてくる恋人に、「うん」とリクオは爽やかに頷いた
「うう、すみません」
リクオの言葉につららは青褪め慌てて謝罪する
「あ、また」
「あ・・・」
リクオの指摘につららは更に青褪めた
「『約束』また破ったね」
小指を立ててどこか嬉しそうに言ってくるリクオに、つららは背筋に薄ら寒いものを感じて冷や汗を流した
「え、えと・・・」
後退ろうとするつららを、がしりとリクオの大きな手が遮る
「一日、言う事聞くんだよね」
にっこりと微笑んだその顔が、何故か悪魔のそれに見えてしまった

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