「あ、や・・・」
ぎしり、とスプリングの軋む音
「あ、あん・・・やめ」
少女の荒い息遣いと共に、途切れ途切れに聞こえてくる拒絶の言葉
「つらら、もうちょっとこっち来て」
艶を含んだ低い声が鼓膜をくすぐる
「ひゃん」
鼓膜に響くその声を聞きながら、首筋に感じた甘い疼きに思わず声を漏らしてしまった
ちゅっと聞こえてくる音
その音と一緒に体中に走る電流

今、つららはリクオの命令通り『口吸い』をしていた
というか筈だった
口吸いをした途端、あっという間にリクオに押し倒され巨大なダブルベットにダイブするはめになった
そしてあれよあれよという間にリクオの手馴れた舌使いでつららは意識を失いかけているのだった
だがしかし
ここで気を失ったらその後リクオに何をされるか分ったものではないと、つららは必死に意識を繋ぎとめる
強情な恋人にリクオもそれならば、と秘密兵器を出してきたのであった
「つらら」
リクオはありったけの甘い声で愛しい女の顔を覗きこむ
突然悩ましげな声で己を見下ろしてきた恋人につららは息を飲んだ

その瞳の切ないこと
その声のなんとも甘いこと
そして、愛おしそうに己の頬を撫でる指先のなんとも巧みなこと

全ての動作につららの神経が過敏になる

リ、リクオ様が、こ、こんなお顔をするなんて〜〜!!

いつも眉をきりっと上げて口元を引き結ぶ凛々しいお姿とは裏腹に
滅多に見せないその姿に

彼は今自分に甘えているんだわ

と、つららは側近として、恋人として、女として胸が一杯になってしまった
「リクオ様」
なんとか彼の不安を取り除こうと
なんとか彼に誤解されないようにと
つららは必死にリクオの首へ腕を回して瞳を覗きこんだ

つららはここに居ます

瞳から伝わる想いにリクオは内心ほくそ笑む
『優しい彼女は情に訴えるべし』
あの本に書かれていたことが見事に当たっていた事にリクオは感心していた

すごい、本当に当たるんだ

リクオはこの日の為に毎晩徹夜で勉強したノウハウを駆使していた
もちろんそのノウハウとは――

『彼女をその気にさせる百の方法』

である
既に臨界点突破気味のリクオは、今日キメル予定だ
その為に三ヶ月も前からこのホテルのスイートを予約していた
ディナーももちろんリサーチ済み
この部屋に来る前に寄ったレストランは彼女も満足してくれていたし
この部屋の夜景も気に入ってくれた

ムードたっぷり
時間もたっぷり

あとは彼女をその気にさせるだけであった
その為、「今日一日言う事を聞く」という約束を無理やりこじつけたのだ
真面目な彼女の事
思ったとおり自分のいう事を素直に聞いてくれた

口吸いして
ベットに押し倒して

あともう少しという所まできていた
既に彼女は落ちかけていた
リクオの首に縋る彼女の呼吸は荒い
頬は高潮し
己を見上げる瞳はとろんとして既に潤んでいる

何から何まで本の通りになっていて何だか怖いな

リクオは順調すぎる事の展開に少しだけ不安になったのだが
いやしかし
ここまで来たら後には引き返せない
というか引き返したくない
と胸中で頷くと
先に進めるべくつららに覆い被さった
「つらら」
リクオがいざ、とつららの服をたくし上げようとした時――



ボーン ボーン ボーン ボーン...



と、部屋に飾られていたアンティーク調の柱時計が突然鳴り出した
その音にリクオは思わず動きを止める
「リクオ様」
暫く音が鳴り止むのを黙って待っていると、下から声が聞こえてきた
もちろん呼んだのは今まさに服を脱がされそうになっていたつららである
彼女は、はっと何かに気づいた顔をしながらリクオを見上げていた
「大変ですリクオ様、もう0時じゃないですか!」
そう言って慌てて飛び起きた彼女に、突き飛ばされたリクオはベットの脇に転がった
「な、なに?どうしたの?」
リクオはずり落ちた眼鏡を直しながら、慌てるつららを見上げた
「どうしたのじゃありません!明日も学校です、早く帰りましょう!!」
そう言ってベットに寝そべったままのリクオの腕をぐいぐいと引っ張り出す
「え、いや・・・明日は・・・・」
もの凄い剣幕で部屋の入り口へと連れて行こうとするつららにリクオは冷や汗を流した

まさか、明日はサボる気だった・・・・なんて今さら言えないよなぁ

今日の為に予習復習まできっちりやり、学校側には法事があると嘘を吐いておいた
真面目で通っているリクオの言葉を担任の先生は疑う事無く素直に聞いてくれた
なので明日はたっぷりと時間があった
しかし・・・・

眉を吊り上げ母親よろしく自分を家に連れ帰そうとするつららに、さすがにそんな事は言えなかった
言った後でどんなお小言が待っているかわからない
良くて数時間の説教コースか
悪くて一日口をきいてくれないコースか
どちらにしてもリクオは御免被りたかった
その結果――

深夜の街道をとぼとぼと肩を落として歩くリクオと
それを急かしながら歩くつららの姿があった

リクオ17歳、またまた男になれなかった夜であった



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