宴もたけなわ、妖怪達もだいぶ酒が回り無礼講と称して好き勝手やっている中、リクオは部屋の縁側で一人月を眺めていた
そこへ、ぱたぱたと聞き慣れた足音が近づいてくる
その音を聞きつけると、リクオはふわりと姿を変え夜の姿になった
今日のリクオはある事を企てていた
それには夜の自分の方が最適と急いで姿を変えたのだった
「お待たせしましたリクオ様」
リクオの元へ小走りに近づいてきたのはつららだった
手には熱燗の乗ったお盆を持っている
何も知らないつららはリクオの隣に腰掛けると、雪女専用の分厚い鍋掴みを手にはめてリクオに酌をした
雪女用の鍋掴みは手製なのかマスコットの顔が付いていた
しかも片方は髪が茶髪に眼鏡の少年と、もう片方は長い銀髪に釣り目の少年の顔になっている
どう見てもそれは昼と夜の自分を真似て作ったものであろう
指人形のようなそれをはめるつららを見て、リクオはくすりと笑った
なんとも可愛らしいその姿に頬が緩んでしょうがない
「リクオ様どうしました?」
キョトンとこれまた可愛らしい仕草で首を傾げる彼女の姿に、リクオは気づかれないように視線を逸らした
こうも無意識にやられちゃあたまんねえなぁ
胸の奥で燻りだした熱を誤魔化すようにリクオは酒を呷った
「ちょいと寒くなって来たみたいだ、部屋の中で飲み直すか」
リクオはそう言うとすっと立ち上がり、つららを促して部屋へと移動した
「部屋から見る月も良いもんだな」
「そうですね」
リクオの呟きにつららは微笑みながら相槌を打つ
秋の夜長に虫の声を聞きながら月見酒
惚れた女が隣にいるとくりゃぁ、これ以上の果報はない
リクオは心の内がほんのりと暖かくなるのを感じ
そんな幸せを与えてくれるつららに優しい眼差しを向けた
「どうしました?」
リクオの視線にうっすらと頬を染めながらつららが首を傾げた
「いや、幸せだなと思ってな」
「え?」
「惚れた女が傍に居る、それだけで幸せな事じゃねえか?」
リクオの言葉につららは真っ赤になって俯いてしまった
口元をリクオ鍋掴みで隠す姿はなんとも愛らしい
リクオはつららから鍋掴みをそっと外すと、その細い手を取り自身の頬に押し当て愛おしそうに頬擦りした
「つらら知ってるか?」
「はい?」
恥ずかしさのせいで真っ赤な顔のまま瞳を潤ませ見上げてくるその姿は凶悪で
リクオは吹き飛びそうな理性を必死に繋ぎとめ、つららに向かって優しく囁いた
「虫の鳴き声ってなぁ、求愛の言葉なんだぜ」
自分を見下ろす視線は熱く、つららはその激情に呑まれそうになった
体の中がかっと熱くなり息が乱れてくる
なんとか平常心を保ちながらつららはリクオを見上げた
リクオはつららの視線を己のそれで絡め取り、視線を逸らせないようにすると
そっと口付けた
「つらら俺は今日成人した」
「この意味分かるな?」
「は・・・い」
つららの返事に気をよくしたリクオは
「じゃあ、いいよな」
リクオはにやりと笑うと、つららを布団の上に押し倒した
『いいぞ夜の僕』
一部始終を見守っていた昼リクオは、内側でほくそ笑みながら夜リクオを応援した
実は夜と昼との間である協定が結ばれていた
昼のリクオはつららと始めてのキスを
夜のリクオはつららと始めての閨事を
それぞれ自分に合った役割を決め、つららを完全に己のものとするべく協力し合っていたのだった
全て事がうまく運べばあとはやりたい放題
と不純な動機で結託する二人
がしかし、あと少しと喜んだのも束の間、次に発せられたつららの言葉に凍りつく事になるのであった
「で、でも・・・今は良くても昼間のリクオ様は絶対にダメですからね!」
「な・・・に?」
ゆらりと昼と夜が入れ替わる
「そ、それって僕はダメって事?」
あまりの言葉に思わず昼のリクオが表に出てきてしまった
「当たり前です、昼のリクオ様は人間社会ではまだ”お子様”ちゃんと成人するまでダメに決まっているでしょう!」
「な・・・」
『何だってえぇぇぇぇぇ!?』
リクオは絶叫した
夜の僕は良くて、昼の僕はダメ
そんな矛盾絶対におかしい!
リクオは必死になってつららに言い聞かせるも
つららは一向に頑として受け入れてくれなかった
つららの意見としてはこうだ
夜のリクオは妖怪であり妖怪の世界では成人しているが、昼のリクオは人間で人間社会ではまだ成人していないからだとか
「それに、昼は人間として過ごしておられるのですから、分別はきちんとして頂かないと」
モラルに反します
何処で覚えたのかつららはそんな事を言いながらにっこりと笑った
その笑顔はつららの完全なる否定であると悟ったリクオはがっくりと肩を落とした
人間の成人ってあと何年だっけ?
リクオは人間の己に課せられた成人するまでの期間を素早く計算し愕然とした
それってそれって・・・・あと7年も生殺しのままじゃないかぁぁぁぁぁぁ
完全に昼の姿に戻ってしまったリクオは胸中で叫んだ
それと同時に内側に引っ込ませた夜の自分に全身全霊で忠告した
夜の僕ぜっっったいにつららに手を出したらダメだからね!
なっ・・・ふざけんな!俺はもう成人してるんだやりたいようにや・・・ぐはっ
ダ・メ・だからね!!
昼リクオは凄まじい畏れでもって夜リクオを捻じ伏せ沈黙させた
その迫力には鬼気迫るものがあったとか(夜談)
「そんな、そんな・・・」
夜の自分を納得(無理矢理)させたリクオはショックのあまりその場に崩れ落ちる
つららが慌てて助けに入るがそんな事は今のリクオには気づく余力すら残っていない
ふっと目尻に涙が溜まったかと思ったら
「あと7年もつららをお預けなんて酷すぎるぅぅぅぅぅぅ〜」
とリクオの悲痛な叫び声が秋の夜空に木霊した
「ちょっ・・・わ、若、声が大きすぎます」
顔を真っ赤にさせてつららが止めに入るも時既に遅し
奴良家の隅々まで響き渡ったその言葉は、屋敷に居る者達に筒抜けとなり、リクオの努力もむなしく周知の事実となってしまった
ある者はほくそ笑み
またある者は度肝を抜かれ
またある者はやれやれと溜息を零していた
そして夜も深まり奴良家の妖怪達はこの珍事を肴に、さらに酒が進んだとか進まなかったとか
奴良リクオ13歳の誕生日であった
了
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