「リクオ様、準備できました」
いそいそと小走りで近づいてくるつららを振り返ったリクオは、その姿を見ると嬉しそうに笑った
「つらら似合うよ」
お待たせしました、と満面の笑顔で言うつららにリクオは賛美の言葉を贈る
「えへ、リクオ様に頂いた服ですよ」
つららは嬉しそうにはにかむと、くるりと回って見せた
白を基調としたフリルとレースをあしらったワンピースがふわりと舞う
その可憐な姿にリクオは嬉しそうに頷くと、つららの手を取り歩き出した
「それじゃ行ってきます」
見送りに出ていた若菜や毛倡妓達に挨拶をすると二人は仲良く連れ立って出かけていった
「ほんとにお似合いのカップルね」
「ふふ、本当ですねぇ」
二人の恋の行く末を静かに見守る女達は嬉しそうに頷きあう
「後で三羽烏達にどうだったか聞いてみましょうね」
「ええ」
出刃亀ともいえる内容を女達は密かに囁き合っていた





「リクオ様、今日はどこへ向かわれるんですか?」
つららはリクオの隣を歩きながら瞳を輝かせて聞いてきた
「ん〜・・・まだ内緒」
リクオはそんなつららを可愛いと思いつつ、意地悪そうに人差し指を口に当ててそう言った
「そうですか・・・」
途端つららは寂しそうにしょんぼりとしてしまう
そんな可愛らしい仕草をするつららに苦笑すると、リクオはそっと繋いでいた手を握りしめる
「きっとつららも喜んでくれるはずだから、それまでもうちょっと我慢しててね」
リクオが優しく言うと、つららは俯いていた顔をぱっと上げて「はい!」と元気良く返事をした


ううう、可愛いなぁ〜


破壊力抜群のつららの笑顔にリクオは内心悶え苦しんでいた


ああ、このまま押し倒したい!


今のリクオの脳内は隣にいるつららには絶対見せられない妄想で溢れかえっていた


早く成人してつららとあんな事やこんな事を・・・・


リクオが脳内トリップしかけていると、不思議そうなつららが声をかけてきたので慌ててリクオは脳内を現実へと戻した
「な、何?」
あははは、と誤魔化すように笑顔を貼り付けながらリクオが聞き返すと
「い、いえ何でもありません」
第六感
何だか聞いてはいけない様な気がしたつららは慌てて首を横に振った
二人の間には気まずい空気が漂う
その沈黙を破ったのはつららの方だった
「り、リクオ様早く行きましょう、どんな店か早く知りたいです」
そう言ってリクオの手を取ると早く早くと催促する
そんなつららの心遣いにリクオは笑みを零すとつららの手を握り返し二人仲良く目的地まで歩いていった


「うわあ!」
目的の店内に入るとつららの感嘆の声が響いた
店内には煌びやかな装飾を施されたアクセサリーや宝石達がガラスケースの中でその存在を主張していた
見るからに高級そうなそれにつららは目を丸くした
「あ、あのここって・・・」
高級ぶてぃっくってやつですよね?慣れない単語を拙い発音で必死に言いながら不安そうな視線を寄越すつららにリクオは苦笑すると
「うん、でもここは奴良組の妖怪が経営しているから大丈夫だよ」
「あ、そうだったのですか〜、それなら安心です」
リクオの言葉につららは安心したのか安堵の息を吐くと、店内を興味津々といった感じで見始めた
ふとある場所でつららの視線が止まる
熱心に見るつららの側に寄り、リクオはつららの視線の先のものを確認すると
「何かいいものあった?」
「え、いいえ何も」
つららは慌てて視線を離すとふるふると顔を横に振って否定した
リクオはふ〜んと先程つららが見ていたアクセサリーをチラリと見ると徐に話題を変えた
「例のものを」
店員に声をかけると、それまで二人のやり取りを静かに見守っていた女性が軽く会釈し店の奥へと引っ込んでしまった
暫くして店員の女は幾つものリングが連なったものを持ってきた
「失礼します」
店員はつららに一礼すると、左手を取ってその薬指にリングを合わせていく
つららは、されるがままになりながら首を傾げていた
「こちらのサイズでよろしいかと思います」
店員はそう言いながら先程つららの指に合わせていたリングの一つを取るとリクオに見せた
「わかった、それでお願いするよ」
「かしこまりました」
店員は一礼するとまた店の奥へと消えていく
「あ、あのリクオ様?」
つららは意味が分からないとリクオに説明を求めた
「用事はもう済んだよ、さどこかで休んでから帰ろうか?」
しかしリクオはそう言うと店員と二言三言言葉を交わした後、店のロゴ入りの小さな袋を受け取って店を出てしまった
その後はリクオと一緒に軽い食事をし家へと帰ったのだが
つららは今日のリクオの行動に始終はてなマークを頭の上で飛ばしていた
「何だったのかしら?」
家路に着く道のりの途中つららはぽつりと呟く
あれよあれよと言う間にあの宝石店を出てしまったつららとしては、もうちょっと見たかったという欲求が残るばかりであった
リクオの疑問も未消化のままあと少しで家に着くというところでリクオが突然声をかけてきた
「つらら、はいこれ」
そう言いながらつららの目の前に差し出されたのは、先程宝石店でリクオが受け取っていたロゴ入りの袋だった
つららは突然の事に目を見開いたまま両手でその袋を受け取る
「あ、あのよろしいのですか?」
こんな高価な物を、そう言いながらつららは受け取っても良いのかとリクオに聞き返した
「うん、つららに貰って欲しくて買ったんだ」


気に入ってもらえると嬉しいんだけど


そう言って照れ笑いするリクオにつららは嬉しさで胸がいっぱいになった
「はい、リクオ様に頂いたものはなんでも嬉しいです!家宝にします」
そう言って小さな袋を胸元でぎゅっと抱きしめるつららに、リクオは大げさだなぁと苦笑した
「開けてみてよ」
「はい」
つららは嬉しそうに袋の中のものを取り出した
「これ・・・」
手にしたものをまじまじと見つめながらつららが驚いたように呟く
細長いケースの中から出てきたのは、あの店でつららが見ていたペンダントだった
細いシルバーチェーンに雪の結晶を模ったモチーフがついた可愛らしいペンダントである
雪の結晶の部分には小さなダイヤがついており、いったいいくらしたのかと恐る恐るリクオを見上げた
その視線にリクオは苦笑を零すと「そんなに高いものじゃないよ」と優しく言った
それを聞いたつららはほっと胸を撫で下ろす
「あとこれも」
リクオはそう言ってもう一つ小さな四角い箱を手渡した
「え?」
てっきりペンダントだけだと思っていたつららは思わぬおまけに目が点になる
「つららに似合うと思ってさ」
そう言って箱から取り出したそれをつららの目の前にかざした
「きれい」
つららはその美しい装飾に目を奪われ溜息も露に呟いた
リクオの指に摘まれたそれは小さなダイヤの散りばめられた指輪だった
花の形を模った無数のダイヤの粒はその光を反射してキラキラと輝いている
リングの部分も細いそこに繊細な雪の結晶の模様が彫られていた
見るからに高そうなその指輪を、果たして自分が貰っていいものなのかと躊躇ってしまった
「つららに受け取って欲しくて買ったんだよ」


受け取ってもらわないと困るんだけど


困ったようにリクオに言われてしまい、つららは慌ててその指輪を受け取った
「あ、ありがとうございます、ほんとにほんとに家宝にします!!」
つららは何度も頭を下げてリクオに礼を言う
そんなつららの様子を微笑ましげに見ていたリクオだったが、徐につららの左手を取って引き寄せた
「リクオ様?」
リクオの突然の行動につららは下げていた頭を上げてリクオをまじまじと見つめた
そんなつららに笑みを零すと、リクオはつららから指輪を取り上げその細く華奢な指に指輪を嵌めてしまった
しかもその嵌めた先は――


薬指だった


つららは己の左薬指に嵌められた指輪をまじまじと見つめる
「とっても良く似合うよ」
リクオはつららの手を取ってそっと囁いた
「ありがとうございます」
つららはリクオの顔を見上げると花が綻ぶように満面の笑顔で笑いながら嬉しそうに礼を言う
二人は暫くの間指輪を眺めていた
ふとリクオが思い出したように口を開く
「あ、その指輪ずっとしててね、約束だよ」
そう言って笑うリクオの顔はどこか昔見た悪戯っ子の時の顔とダブって見えた
見間違いかと目を擦って再度リクオを見てみるが
その顔は先程と同じで、何かを企んでいる様な悪戯を思いついた幼子のような顔をしていた
つららはそれ以上追求してはいけないと、心のどこかで悪寒に見舞われながらただ素直に頷く事しかできなかった





その後、大学で薬指にエンゲージリングを嵌めているつららの姿が何度も目撃された
「奴良てめぇ」
リクオは大学の同級生達に囲まれていた
みな揃いも揃って滝のような涙を流している
「どうしたのみんな?」
リクオは己を囲む同級生の顔を見ながらとぼける様に聞き返した
「しらばっくれんな」
「及川さんのあの指輪だよ!」
「お前が贈ったってのは本当なのか!?」
男達は口々に捲くし立てる
怒りも露に詰め寄ってくる同級生を気にも留めずリクオは爽やかな笑顔で答えるのであった


「うん、僕達婚約してるからね」


リクオの唐突な告白に一同口をあんぐり開けて固まってしまった
そんな同級生に更に追い討ちをかけるかの如く、リクオの背後から軽快な声が聴こえて来た
「リクオ様〜」
つららが手を振りながらリクオの元へ走ってきていた


今リクオ様って言ったか!?


それまで固まっていた男達はさらに衝撃に顔を強張らせた
リクオはそんな彼らににやりと笑みを向けると
「つららは僕のものだから手を出さないでくれる?」
そう言うともう用は無いとばかりに踵を返し愛しい恋人の元へと歩いて行ってしまった
後に残った敗北者達はと言うと――
真っ白に・・・真っ白になってその場で固まっていた
その様子を盗み見たリクオはくすりと笑った


これでもう悪い虫はつかないね




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