その日の夜、リクオは風呂から上がるとふらりふらりと家の縁側を散歩と称してうろついていた
ふと、その廊下の先の角で見覚えのある着物がちらりと見えた
リクオはにやりと笑みを零すと歩みを早め角を曲がる
少し先を歩く愛しい女をその瞳に捉えるとゆらりと音もなく近づいていった
その少し後に「きゃっ」と、か細い悲鳴が響く
「つらら」
口元と腰を捕えて耳元で囁く声に一瞬敵襲かと身構えたつららは、ほうっと安堵の息を漏らすと体の力を抜いた
「もうリクオ様、こんな事で畏れを使わないで下さい」
つららは半ば呆れた口調で言うとリクオを恨めしそうに睨んだ
リクオはそんな側近に動じることもなく、逆に悪戯が成功したと嬉しそうに笑っている
つららはそんな主に「まったくもう」と頬を膨らませて怒るが、これもいつもの事なのでリクオには効果は無い
逆に更に悪戯心が刺激されリクオは意地の悪そうな笑みを貼り付けると、ずいっとつららに詰め寄った
もちろん腰は捕えたままだ
「り、リクオ様?」
「なあ、つらら」
凶悪な笑顔を称えて詰め寄ってくる主に、つららは悪寒を覚えて拘束から逃げようとする
そんなつららを逃がすまいと腕に力を込めながら耳元で囁いた
「添い寝してくれよ」
一人じゃ寂しいんだ、とリクオはそんな事をつららの耳元でのたまった
「だ、ダメです!」
つららは首をぶんぶんと横に振り拒絶の意を込めてリクオの胸を押す
「なんでだよ?」
リクオはそんなつららの態度にムッとした表情をしながら抗議した
「だ、だってリクオ様ったら添い寝だけじゃ済まないんですもの・・・」
つららは顔を真っ赤にさせて更に否定の言葉を投げかける
以前も夜のリクオに添い寝をねだられた事があった
その時は、添い寝だけならと快く承諾したのだが・・・・
やはりというか、愛しい女と二人一つの布団に入ればそこは思春期の男の子
ムラムラ来てしまうのは致し方ない
結局狼と化したリクオを寸での所で氷漬けにして事なきを得たのだった
それ以後、つららは頑なにリクオの誘いを断り続けた
そんなつららの否定の言葉に内心ぐさりと傷付きながら、しかしリクオは納得できないと駄々をこねる
「なんでだよ?恋人同士なんだからいいじゃねえか」
「ですから、何度も申し上げたように昼のリクオ様が我慢なされているのですから夜のリクオ様も我慢してください。ダメだと言われたではありませんか!」
確かに以前もそう言われた
しかも言ったのは昼の自分だ
あの時は人間のはずのもう一人の自分の気迫に負けてつい頷いてしまった
約束は約束だ
だが
「少しぐらいいいじゃねえか」
リクオは尚も喰らい付いてきた
「ダメです」
「むう」
しかしつららも頑固で頑なに首を縦には振らない
リクオはますますもって納得がいかないと口を尖らせた
そんなリクオの姿につららはくすりと笑うと
「しょうがないですねぇ」
「お、気が変わったか?」
「違います」
つららの言葉に嬉しそうにぱっと顔を上げたリクオだったが、そんな主につららは間髪入れずに否定の言葉を吐いた
その途端またもやがっくりと項垂れる主を見てまたくすりと笑う
「熱燗つけますから今日はそれで我慢してください」
言ってすぐさま台所へと行ってしまった
「いつもそれで逃げるじゃねえか・・・・」
愛しい女の消えた廊下を恨めしそうに見つめながらリクオは口を尖らせたまま呟いていた
「はい、リクオ様」
つららはそう言って酒を勧めた
可愛らしい笑顔と共に勧められれば断る理由も無く、リクオは勧められるがままに酒を呑んだ
「まあ良いけどよ」
「まだ言ってるんですか?」
今だ機嫌の直りきらないリクオにつららは苦笑する
「お前実は俺の事嫌いなんじゃないか?」
隣で笑いを堪えているつららにリクオは意地悪く問うと
「そんな事ありません!」
きっぱりと否定するつららに少しだけ気を良くしたリクオは「しょうがねえな」と小さく呟くと苦笑した
惚れた弱みだしょうがねえ
リクオは半ば諦めたように嘆息すると、胸の中で燻る想いを紛らわすように酒を呷った
暫くつららと二人きりの時間を楽しんでいると、隣の纏う空気が変わった
見るとつららは燗を手に持ちながら、こくりこくりと船を漕ぎ出していた
またか、と溜息を零す
最近のつららは夜になるとすぐ眠気が襲ってくるようだ
別に不眠症と言うわけではなく、どちらかと言うと夜はぐっすり眠っている
妖怪にあるまじき姿なのだが、毎日のつららの行動を良く知るリクオとしては、不満はあれど文句を言う気はさらさら無かった
ちらりとつららを見ると
いよいよもって眠りの淵に落ちかけていた
口は薄っすらと開き、とろんとした瞼の周りは赤みを帯びている
時折はっと気づいてはすぐまどろみ始め、かくんかくんと首が重力にしたがって垂れ下がろうとしていた
手に持った熱燗がこぼれては大変だと思い、リクオはそっとつららの手から燗を取り上げるとお盆に戻す
ついでにつららの肩を抱き寄せ己の膝の上に横にさせると、暫くして静かな寝息が聞こえ始めた
「毎晩これじゃあなぁ・・・」
リクオは頬杖をつきながら嘆息する
これはこれで嬉しいのだが、毎晩これでは困る
つららと過ごす夜の自分との時間を台無しにされてはたまったものではない
「いつかシメるか?」
そんな不穏な考えが脳裏を過ぎった
それもこれも皆あいつらのせいだ
ここにはいない悪い虫たちの顔を思い浮かべてリクオは舌打ちするのであった
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