ふう・・・
帰宅後すぐに自室に戻ったリクオは、襟元のボタンを外しながら疲れたと一息ついた
奴良組3代目を就任してから早5年、すっかり成長したリクオは今や大学生になっていた
ここまで来る道のりは険しく困難な道のりだった


高校受験――第一志望推薦入学


大学受験――希望大学一発合格


秀才肌のリクオにしてみればこんなもの朝飯前だ
何が困難だったかと言うと、ナニがだ
むろんそれは色恋沙汰であり
今現在進行形で進んでいる恋人との関係の事であり
強いて言えばつららとの愛の営みについてである
愛の営みと言えば聞こえはいいが、残念ながらそんな甘いものではなく
いや、もうはっきり言ってしまえば何も無いのである
普通大学生ともなれば、恋人とあんなことやこんなことの一つもあるのだろうが
相手が古風過ぎるため、リクオが成人するまでそういう事は一切ダメだと言われてしまったのだ
妖怪の血を四分の一引くリクオは、妖怪の部分は13歳のときに既に成人済みなのではあるが
生活のほとんどを昼の姿で過ごすリクオとしては、夜の自分にだけできて昼の自分に出来ないのは不公平だと、夜の自分にも手を出すなと以前きつ〜く言ったことがあった
それが幸いしてか、今の今までつららとはキス止まりである


それ以上は何度言ってもダメだったもんなぁ〜


現在悩みの種である恋人との約束に、リクオは重い溜息を零しながら一人悶々としていた
我慢できなくなって手を出そうとした事は一度や二度ではない
しかもその度につららに氷漬けにされるという手痛い目に遭っていた
しかしそれでも――


つららとやりたい


それがリクオの切なる願いだった
真剣に悩むほどの事かと思われがちだが、そこは男の子
やっぱり愛しい女とはやりたいのである
しかも、毎日顔を合わせている相手ともなれば尚更だ
それに――
と、リクオはそれ以外の事でも悩んでいた
大学生になった今でも護衛は付けられており、その任は昔と変わらずつららと青田坊が請け負っていた
気心知れた側近が傍に居てくれるのは心強いのだが、もう一つの悩みとはその護衛の事だった
青田坊はその容姿のせいか大学生という立場が意外にも板についており、昔不良グループの総長をやっていたせいもあって『ちょっと怖そうだけど頼れる人』として人望も厚く適当に大学ライフを楽しんでいる
こちらは何の問題も無い
問題なのはもう一人の側近――つららだった
姿は年相応に大人の姿をとるようになり――まあ本家にいる時とあまり変わらないのだが――おっちょこちょいな性格は以前のままだったが一応大学生として周りに馴染んではいた
いたのだが・・・・


それが問題なんだよね・・・・


リクオは最大の悩みの種である彼女の顔を思い出し深く溜息を吐いた
年相応の流行のファッションに身を包み、清楚で可憐な彼女は中学、高校時代同様またしても学園5本指と謳われる美少女として大学でも有名になっていた
まあ、確かにつららは主の自分から見ても綺麗だ
5本指と言われるのも主としては誇らしい限りなのだが


「そのお陰で変な虫がうろちょろしてるんだよね・・・・」


リクオは誰も居ない部屋の中で自然とジト目になり独り言を呟いていた
高校時代もあったのだが、やはりそこは思春期
まだまだ内向的な面もありつららに寄り付く野郎達も積極的にどうこうしようと言う輩は少なかった
しかし、大学生にもなると楽しい大学ライフを過ごすべく、恋人の一人も欲しいと言う男達はたくさんいる
その彼女候補に我が側近が白羽の矢を立てられてしまったのだ
大学に入ってから、つららは毎日のようにラブレターを渡されたり告白されたりしていた
男達も彼女を射止めるべく、あの手この手を使って猛アタックを仕掛けてくるのだ


いい加減どうにかしないと・・・・


リクオは毎日困った顔で疲れ果てているつららを思い出し眉間に皺を寄せた


あいつらのお陰でつららとも最近ぎこちないし、それに・・・・


そこまで考えてリクオは唇を噛み締めた
その時である
ぱたぱたぱた、と聞き覚えのある足音が聞こえてきた
そのすぐ後に襖越しに愛しい女の声がかけられる
「あの、リクオ様よろしいですか?」
「つらら?今着替え終わったところだよ、入っていいよ」
つららは主の許しを貰うと、そっと襖を開き外から顔だけを覗かせてきた
「リクオ様、お夕食の準備ができました」
そう言って笑う彼女の顔は愛しくて
リクオはにっこりと微笑むと、つららに向かっておいでおいでと中へ入るように誘った
「どうしました?」
つららは何の警戒心も無く部屋に入る
そんなつららを更に愛おしく感じながらリクオはそっと抱き寄せた
「り、リクオ様!?」
突然の事に驚くつららの耳元でリクオがそっと囁いた
「うん、毎日大変なのにご苦労様、て思ってね」
感謝の気持ち、そう言ってリクオははにかんだ
途端花の様に顔を綻ばす彼女にリクオはさらに愛しさが募る
「つらら」
ん、と目を瞑って催促すれば、少しの間躊躇った後ちゅっという軽いリップ音が聞こえてくる
同時に唇に触れる柔らかくて冷たい感触に気を良くしたリクオは、目の前で真っ赤になっているつららにお礼の口付けを落とした


十秒


二十秒


三十秒


パシパシパシ


よんじゅ・・・「ぷはっ」


記録更新はできなかった
手を突っ張り顔を真っ赤にさせて肩で息をしているつららに、リクオは「ごちそうさま」とにやりと笑う
「もう、苦しいです」
悪戯はお止めください、と荒い息をしながら言う側近に「悪戯じゃないんだけどなぁ」とリクオは困った顔をしながら言った
「さ、もう夕食が冷めてしまいますよ、行きましょう」
つららはまだ赤い顔のまま俯き加減でリクオを部屋から出すと大広間へと背中を押していく
つららに背中を押されながらリクオは「あ」と小さく声をあげた
「どうしました?」
「うん、今度の休みの日つらら空いてる?」
「今度の休みですか?」
「うん、一緒に買い物に行こうと思って」
リクオの言葉に首を傾げていたつららだったが『一緒に買い物』と言う単語を聞いて、顔をぱっと輝かせた
「お買い物ですか?何を買うのですか?リクオ様と出かけるのならお供します!」
「何を買うかは内緒。行ってからのお楽しみだよ」
にこにこと嬉しそうにはしゃぐつららに、リクオは言いながらくすりと笑った
リクオの言葉を聞いた途端、つららは「内緒なのですか?でも楽しみですね」と満面の笑顔で頷いてくれた


本当に楽しみだ


そんな可愛らしい側近を見ながら、リクオは内心ガッツポーズを決めていた

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