「ただいま〜」
リクオが家の敷居を入った所でそれは起こった
しゅるしゅるしゅる
突然リクオの体に細くて黒い糸の様な物が巻きついてきた
それは何十本もの束となって縄のようにリクオをぐるぐる巻きに縛り上げ、そのまま天井まで持ち上げられた
「な、何?」
「お帰りなさいませ、リクオ様」
その黒い束の先には、鋭い眼光でリクオを見上げる毛倡妓の姿があった
「け、毛倡妓?こ、これは?」
「お話があります、リクオ様」
いつもの艶やかな女の笑顔は消え、般若のような薄ら寒い笑みを称えてにっこり笑う毛倡妓の姿は、はっきり言って背筋が凍るほどに怖い
その極寒の笑顔の背後でぶるぶると震える首無と目が合った
――首無なにこれ?――
――り、リクオ様、今は大人しく毛倡妓の話を聞いてください――
リクオと首無はすかさずアイコンタクトを取ると、リクオは大人しく言うことを聞くことにした
そして毛倡妓の髪に絡め取られたまま、リクオはずるずると廊下を引き摺られていくのであった
「何があったか説明してもらいましょう」
毛倡妓に強制連行されたリクオは、仁王立ちする毛倡妓の前で正座させられていた
ギロリと見下ろす毛倡妓の視線に、何故か一緒に正座している首無も小さくなって冷や汗を流していた
「ていうか、何で首無まで正座してるんだよ!?」
「いや、つい・・・・」
首無の言葉にがっくりと肩を落とす
「リクオ様!」
「は、はいい!!」
毛倡妓の怒気を孕んだ声に、リクオはぴしりと背筋を伸ばして返事をした
「先程も言いました通り、つららは帰ってから部屋に篭ったきり・・・何があったのか説明してください」
先程の怒りはどこへやら、毛倡妓はほとほと困ったと眉根を下げてリクオに聞いてきた
一方聞かれたリクオはと言うと――
盛大に焦っていた
ど、どどどどどどうしよう・・・・
ほんのちょっぴりつららを焦らしてやろうと思ってやった悪戯が、まさかこんな大事になってしまうとは露ほどにも思っていなかったのだ
リクオは毛倡妓たちの話を聞いて後悔していた
つ、つららに愛想をつかされた日には・・・・
そこまで思ってゾッとした
自分はただ、つららとめくるめく熱い初夜を迎えたかっただけなのだ
7年間待ちに待ったつららとの思い出を最高のものにしたかった
なのに・・・・・
リクオは全く違う方向へと進もうとしている現実に愕然とした
そんなリクオを見ていた毛倡妓がやれやれとばかりに首無と顔を合わせて溜息を吐いた
「謝って来たらどうです?」
首無しが崩れ落ちたリクオの肩に手を添え諭すようにアドバイスする
「首無・・・」
「こういう時は謝るしかありません」
どこか説得力のある首無の言葉にリクオは「そうだね」と頷くと
すくっと立ち上がり、もの凄い速さでつららの部屋へと走っていった
そんなリクオの様子を見守っていた毛倡妓と首無は
「上手くいくといいわね」
「ああ」
と肩を寄せ合い呟いていた
「つらら」
分厚い氷で覆われていたつららの部屋の襖を、渾身の力でぶち破ると中にいるはずのつららを呼んだ
部屋の真ん中――冷たい畳の上で蹲る小さな人影がぴくりと身じろいだ
「つらら・・・」
その小さな塊にリクオは迷い無く近寄っていく
「つらら」
「リク・・・オ様」
近づいて来たリクオに向かって、つららは恐る恐るといった風にゆっくりと顔を上げると、震える声で主の名を呼んだ
その掠れた不安そうな声にリクオは何とも居た堪れない気分になり唇を噛む
「ごめんつらら」
愛しいつららをここまで不安にさせてしまった自分の愚かさを呪いながら、リクオはつららが許してくれるのかと不安になりながら謝った
のだが――
つららの瞳は見る見るうちに大きく開かれ、驚いたような困惑したような表情になっていく
次いで、「ふえ・・・」と小さく嗚咽が漏れる音が聞こえてきた
つららの美しい黄金の瞳が涙で歪み、ぽろり、ぽろりと大粒の涙を流し始めた
驚いたのはリクオの方で――
ぎょっとしながら慌てふためいた
「やっぱり、やっぱり・・・家長の事を・・・・」
驚くリクオを畳みかけるかの如く、とうとうつららは泣き出してしまった
泣きながら意味の分からないことを叫び始める
「やっぱり、やっぱり私の事なんかもう愛想を尽かされたんですね」
「え?」
「やっぱり家長の事が好きなんですか?」
「は?」
「うう・・・そりゃ7年間も生殺しにしてた私が悪いですよ」
「自覚あったんだ・・・」
「でも、でも・・・リクオ様だって納得してくれてたと思うから私だって我慢してたんです!」
「え、そうなの?」
「その間、リクオ様を氷漬けにしないよう訓練もしました」
「(ごきゅり)ど、どうやって?」
「バナナとかきゅうりとか・・・あんなに、あんなに一生懸命やったのに!」
「・・・・・」
「でも、でも・・・それももう意味が無いんです」
「いや・・・そんなことは・・・ないよ」
「だって、だってリクオ様私の事なんかもう・・・ううう」
「つ、つらら?」
「リクオ様が他の女の事を好きになったのなら諦めます、身を引きます・・・でも!」
「あ、あの・・・」
「でも、でも・・・」
「つ、つらら」
「やっぱりダメです!諦められません!リクオ様じゃなきゃ嫌なんですぅぅぅぅぅ〜!!」
その途端つららは、わんわんと子供のように泣き出してしまった
それを聞いたリクオは――
やった万歳!大成功♪
と先程の不安も消し飛び、心の中で両手を挙げて歓喜乱舞していた
「つらら!」
リクオはその勢いのまま、がばっとつららを思い切り抱きしめる
突然抱きしめられたつららは、「ふえ?」と可愛い声を出してリクオを見上げた
そのリクオの顔は輝くばかりの笑顔だった
「り、リクオ様?」
「つらら、僕もつららが好きだよ」
耳元で優しく囁くリクオの言葉に、つららは混乱した
「り、リクオ様他に好きな人ができたんじゃ?」
「誰が言ったのそんな事?」
「え?え?」
「僕は今も昔もつららだけ、つららじゃなきゃダメなんだよ」
にこにこにこにこ
リクオは嬉しそうに言うと、つららの頬に流れる涙を舌先で舐め取った
「しょっぱいや」
「リクオ様!」
リクオの熱い舌の感触に驚き、つららは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった
そんな可愛い反応を見せるつららに、リクオはだんだん理性が保てなくなっていく
ガラガラと、もの凄い速さで崩れていく理性の壁を感じながらリクオはつと、つららに顔を寄せる
「つらら」
「・・・・」
「どうして欲しい?」
「!!」
「つらら、教えて」
「わ、私は・・・」
「うん?」
「リクオ様に・・・・」
「何?」
「
操を捧げたいです」
リクオに聞こえるか聞こえないかのか細い声で己の要求を呟くと、ぎゅうっとリクオの首筋に抱きついた
その途端、さっとつららの体を抱き上げる
お姫様抱っこよろしく、つららを抱き上げたリクオはくるりと踵を返すと、つららの部屋をそのまま出て行く
「り、リクオ様?」
横抱きにされ、そのままリクオに持ち去られようとしているつららは驚いてリクオの顔を見た
その瞬間、「ちゅっ」と掠めるように唇を奪われる
「つらら・・・我慢できない」
いいよね?と苦しそうにつららを見つめてくるリクオと視線が合った
その途端、つららは頬を染めこくんと頷くと、またリクオの首に腕を絡める
それを了承と取ったリクオは、足早に自室へと通じる廊下を歩いていった
今宵二人一つになるために
了
おまけ
毛倡妓:「さ、今日はお赤飯炊かなくちゃ♪」
首無:「覗きに行ったりするなよ・・・・」
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