今日も無事に大学生活を終えられたわ・・・・でも
つららは少々疲れた顔で先を歩くリクオの後姿を見つめながら胸中で呟いていた
いつものように大学へ行き、勉学に勤しみ学友と他愛無い話を楽しまれそれはそれは充実した生活を送っていらっしゃる
しかも案じていた女の影は特に無く、つららは安堵の息を吐いていたのだが、それでもリクオは変わらず何も言ってきてはくれなかった
本当に・・・もう・・・・
リクオは自分に興味が失せてしまったのではないのかと、今日一日つららはその事で頭がいっぱいだった
そんな事ばかり考えていたものだから、目の前でリクオが立ち止まったことに気づくのが一瞬遅れてしまった
「リクオ君?」
聞き覚えのある声に、はっと我に返り顔を上げると
そこにはリクオの幼馴染のカナが居た
「カナちゃん久しぶり」
「ほんと、久しぶりだね〜今帰り?」
「うんカナちゃんは?」
高校まで同じ学校に通っていたリクオとカナは高校卒業を機にそれぞれ違う道を目指した
カナはそれまでバイトとしてやっていたモデルを本格的にやり始め、今やカリスマモデルとして活躍している
リクオもまた、まだ人間的営みを楽しみたいという理由で進学し今の大学へ通っていた
お互い違う道を進んだため、今まで会うことも連絡を取る事も殆ど無かった二人だったが、何の因果か今日偶然道端でばったり出くわしたのだった
久しぶりに再会した二人の嬉しそうなやり取りを見ていたつららは、慌てて横道の塀の影に隠れた
な、何やってるの私ったら・・・
別に隠れる必要など無かったはずなのに、何故だか咄嗟に隠れてしまった
自分の行動に困惑していると、カナと話していたリクオが突然振り返った
「あれ?つらら居ないや」
「え?及川さんもいるの?」
「うん、さっきまで一緒だったんだけど・・・」
「そっか、久しぶりに少し話したかったんだけど・・・」
「え、本当?じゃあせっかくだから行こうか?」
「え?及川さんは?」
それまで残念そうに話していたカナは驚いた顔でリクオを見上げた
「ん〜、どっか行っちゃったみたいだからいいんじゃない?後で連絡しておくし」
そう言って何でもない事のように素っ気無く言うとカナへ笑いかけた
「り、リクオ君がそう言うなら」
カナはほんのりと頬を染めながら嬉しそうに言うと、リクオと肩を並べてどこかへ行ってしまった
何故か息を潜めてリクオに見つからないようにしていたつららは、リクオの行動に唖然とした
口をポカンと開けて目を大きく見開いたままその場に立ち尽くす
目の前で起きた事がまだ信じられなかった
うそ・・・嘘、リクオ様が私を置いていった・・・・
隠れていた自分が悪いのだ・・・自業自得だという事はわかっている
わかっているのだが・・・・
じわりと大きな瞳に涙が滲んだ
ぽろり
ぽろり
またぽろりと溢れ出した涙は次第にいく筋もの流れとなって頬を伝っていく
「ふえ・・・」
とうとうつららは堪えきれなくなり、くしゃりと顔を歪ませると大粒の涙を流し始めた
ぼろぼろ
ぼろぼろ
体の中の氷という氷が全て溶けて無くなるのではないかと言うほど泣いた
つらくて辛くて
かなしくて悲しくて
その場にうずくまり人目を気にせずわんわん泣いた
もう・・・もう・・・元には戻れないの?
つららは流れる涙と共に心の中で呟いていた
「つららは?」
首無しが部屋から出てきた毛倡妓に心配そうに聞くと、毛倡妓は俯きがちに首を横に振った
「そうか・・・」
「帰ってきてからあんな調子で・・・聞いても何も答えてくれないわ」
毛倡妓は先程出てきたばかりの部屋の方を振り返ると溜息を零した
半時ほど前、大学に行っていた筈のつららが一人で帰ってきた
しかもその瞳は泣き腫らした後のように真っ赤になっていた
ただ事ではないつららの様子に首無と毛倡妓は何があったのかと心配になった
そこで、「ここは女同士で話をしてみるわ」と、経験豊富な毛倡妓がつららの部屋へと入って行ったのだが――
たいした収穫は得られなかったようだ
「何を聞いても「なんでもない」の一点張りなのよ・・・でも」
毛倡妓はいったん言葉を切ると、きりっと厳しい目つきで首無を見上げ
「絶対、原因はリクオ様だわ!」
と、きっぱりと言い切った
「そ、それは・・・なんでまた?あの二人は仲良かったんじゃないのか?」
力を込めて言う毛倡妓に、首無しが慌てて聞き返す
「あら首無、気づかなかったの?最近のリクオ様はどこかつららに冷たかったのよ」
睨みつけるように首無に教える毛倡妓はどこか怒っているようだった
首無の思う通り、毛倡妓は怒っていた
最近のリクオの態度はあまりにも酷いのではないかと
誕生日の前まではあんなに仲睦まじくしておられたのに
毛倡妓は、もうすぐリクオ様の誕生日だと頬を染めて喜んでいるつららの事を思い出した
つららはリクオが成人するのを心待ちにしていたのだ
姉の様に友のようにつららの相談を聞いていた毛倡妓にだけそっと教えてくれたことがあった
「内緒よ毛倡妓、実はね・・・・」
頬を染めながらリクオと交わした”約束”を教えてくれたのはつい最近のことだった
その話を聞いた時、毛倡妓は自分の事のように喜んだ
「あら、そういう事ならお色気たっぷりの下着を売ってるところ教えちゃおうかな〜」
などと冗談交じりで話していたのが嘘のようだった
あんなに泣いて憔悴しきったつららは見たこと無いわ
毛倡妓は何もしてやれない自分が情けなくてきつく唇を噛んだ
「し、しかしあのリクオ様がつららに愛想を尽かすわけが・・・」
「甘いわね、男心と秋の空・・・よ」
「し、しかし・・・・」
「取り合えずリクオ様が帰ってきたら話を聞いてみましょう」
そう言った毛倡妓の顔は、夫の浮気現場を目撃した本妻のような顔をしていた
ひぃっと内心悲鳴を上げながら、首無はリクオの安否を心の中で心配するのであった
そろそろいいかな・・・・
リクオは手に持った小さな箱を見ながら心の中で呟いた
久しぶりに会ったカナと近くの喫茶店で暫くの間話をしていたリクオだったが、実は置いてきたつららの事が気になって気になって仕方が無かった
さすがにあれはやり過ぎたかと思ったリクオはその後カナとすぐに別れ、つららを置いてきた場所まで急いで戻って来たのだが、結局つららは既にそこにはいなかった
怒って帰ってしまったのだろうと思ったリクオは、お詫びの印に以前つららが食べたいと言っていたケーキを買って帰っている途中であった
少しやり過ぎたかな?
ケーキの箱を見つめながらリクオは少しだけ反省していた
ある目的の為とはいえ、つららには随分冷たくしてしまったのではないかと今更になって不安になってきたのだった
基本つららに甘過ぎるリクオは、ここまでつららを無視した事は無かった
見たい触れたいという溢れ出る欲求を無理矢理押し込んでいたこの4日間は、リクオとしては苦難の日々だった
しかし、7年間耐えに耐え抜いてきたのだ
最高のデザートの前にはこんな苦しみなど大した事はない
そう、リクオは最高の形でおいしくつららを頂くために『アメとムチ』方法を企てていた
リクオの企みはこうだった――
まずつららに冷たくする
↓
つららが不安になる
↓
不安になり過ぎたつらら暴走!
↓
「リクオ様じゃなきゃダメなんです!」
↓
そこですかさずリクオが優しくする
↓
「ああん、リクオ様〜好きにして〜」
↓
めくるめく夜へGO!
という、本当にどうしようもない事を考えていた
ここに側近の妖怪達がいようものなら
「これでいいのか3代目?」
「大丈夫か総大将?」
などと少々いや・・・大いに奴良家の将来を心配したに違いないのだが・・・・
幸か不幸かその事を誰一人として知るものはいなかった
結局リクオも男なのである
惚れた女にはとことん甘くバカにもなれる
時としてそれが大きな失態となることも知らずに
リクオはまだ知らない
自分の犯した罪の重さに
かけがえの無い愛しい者を失うかもしれないという事実に
そして女を敵に回すということの恐ろしさも
爆弾投下まであと数分
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