とうとう今夜・・・・


仲間の妖怪達に急かされるまま酒やつまみを運んでいたつららだったが、先程から頭の中を占めるのはその事ばかりだった
実は今日は奴良リクオの20歳の誕生日の日だった
その為、奴良家では朝も早くからリクオの誕生日を祝う宴会が開かれていた
気の早いものは昨日の夜から酒盛りを始め、まだ昼過ぎだというのに既にできあがった者達で溢れかえっている始末
皆リクオの成長を喜び、それぞれ思い思いの方法で今日というめでたい日を祝っていた


人間の世界で”成人”と言われる年齢に達したリクオは、外見はもちろん内面までも見違えるように大人へと変貌していた
あどけない少年の姿はなりを潜め、背も十分に伸び夜の時とほとんど変わらない
幼かった顔立ちも丸みを帯びた顎のラインは鋭角なそれへと変わり、ますます若かりし頃の先代やぬらりひょんに似てきている
昼も夜もほとんど見分けがつかないほど端整な容姿へと成長を遂げたリクオは、外見のみならずその内面も成長し今や百鬼の主として他の妖怪達からの人望も厚い
そんなリクオの成長を一番近くで見守ってきたつららとしては、手放しで喜びたい所なのだが・・・・
そうそう喜んでもいられなかった


何故ならリクオとの”約束”があるからだ
以前リクオから告白をされ側近から恋人へと昇格したつららであったが、当時13歳であったリクオにまだ色恋のいろはを経験するのはまだ早いと、ある”約束”をさせたのだった
その”約束”が実は今日無効になる
つららはとうとう来てしまった”今日”をどうしたら良いのかと先程からずっと悩んでいた


ま、まだ心の準備が・・・・


そう内心で呟き頬を染める
という、はたから見たらかなり怪しい行動を何度も繰り返していたのだった








やっと、やっとこの日が!


胸の前で拳を握り締めふるふると歓喜に震えているのは、今日の主役でもあるリクオだった
前日から祝いと称し、己の誕生日を祝う妖怪達に囲まれていたリクオは、ようやく訪れたこの日を誰よりも一番に喜んでいた


僕もやっと”大人の仲間入り”ができる!!


リクオは緩む頬をなんとか押さえながら、嬉しさに踊りだしたい衝動をなんとか抑えた
リクオの脳内を占めるのはこんな事ばかり
それもそのはず
今日を境に自分の人生が変わるのだ
そう思うと胸の内から何かが込み上げて来て思わず涙腺がゆるみそうになってしまう


思えば長かった・・・・


つららに告白して両想いになり、はれて恋人へと己の立場が昇格したのにもかかわらず
あろうことか、恋人でもあるつららから”おあずけ”を言い渡されたのは7年前
男であるリクオとしては耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ7年間であった
それも今日ようやく終わる
リクオはらんちき騒ぎと化したこの場所で、一人清々しいほど晴れやかな顔をしていた
その時、7年間焦らしてくれたつららを今夜どう料理してやろうかと楽しそうに思案するリクオの視界に、愛しい彼女の姿が写った
きっとつららも今夜の事を思って照れているに違いない
そう思ったリクオはつららの様子を伺い、次に絶句した


え・・・何、今の表情?


てっきり恥ずかしそうにしているだろうと思っていたつららはどんよりと暗い顔をしていた
まるで身内に不幸があったかのような顔つきだ
顔色は青白く頬は引き攣り眉間には深い皺が寄って苦悶の表情を浮かべていた
これは何かあったのかと心配になったリクオは、つららの後を急いで追いかけていった

「つらら」
ふらふらと廊下を歩くつららの肩を掴むと声をかけた
リクオの声につららはびくりと肩を震わせると驚いた様に振り向いた
その顔には驚きと不安が入り混じり瞳は揺れている
一瞬でつららの感情を読み取ったリクオは「ああそうか」と安堵する
身内に不幸があったわけでもなく、悩みがあるわけでもない


これは混乱しているだけだ


理解したリクオは思わず笑いそうになってしまったがなんとか堪える
挙動不審にキョトキョトと視線を彷徨わすつららを安心させるため、リクオは細心の注意を払って優しく話しかけた
「つらら、大丈夫?」
「え?」
「何だか疲れてるみたいだったから」
「い、いえ・・・そんなことは・・・」
つららはそう言いながら顔を赤くして俯いてしまった
あ、照れてる、とつららの感情が手に取るようにわかるリクオは内心苦笑しながら更に優しく話しかけた
「顔色もあまり良くないね、今日はもう休んでいいよ、明日も学校があるし」
「そ、そんな・・・・これくらい平気です!」
リクオの言葉につららは弾かれたように上を向くと首を横に振る
リクオは困ったように眉根を下げるとトドメの一言を放った
「でも、つららが病気になったら嫌だな・・・一緒に学校行けなくなっちゃうしね」
だからお願い、と甘えるように言えばつららは渋々頷いてくれた
しゅんと項垂れながらとぼとぼと自室へと向かうつららに付き添い、つららの部屋の前まで来るとつららはわかり易いくらいビクンと反応した
不安そうにリクオの顔を見上げる
その行動にまたしても笑いそうになってしまったがなんとか堪え、「じゃあおやすみ」とそっと額にキスするとあっけなく離れてやった
「あ・・・」
「ん、なに?」
「い、いいえ何でもないです」
頬を染めながら言うつららの態度に、何でもないとは思えないなぁなどと内心で苦笑しながらリクオは優しく微笑むと、その場を後にした
リクオが去っていく後姿をつららが名残惜しそうに見つめてくるのが背中を通してひしひしと伝わってくる


よし、この手でいこう


リクオは悪戯を思いついた子供のような顔で怪しく微笑むと、何事も無かったように宴会会場へと戻っていった

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