つららは拍子抜けしていた
今夜はリクオから誘いがあると思っていたからだ
リクオと恋仲になってから7年間、リクオはずっとつららとの”約束”を今まで守ってくれていた
だからこそ、今夜はリクオに求められれば素直に応じようと思っていた
今日の為に新しいの履いておいたのに・・・・
つららは寝巻きに着替えながら身に着けていた総レースの下着に視線を落としながら溜息を吐いた
これを買うのに凄く勇気がいった
店の中で何度もレジに向かおうとしては思い留まり、店内をうろうろしては他の客に変な目で見られ
それを見かねた店員が声をかけてくれて、やっと買ってきた代物だった
もちろん今日の為に買ってきたのである
つららもそれなりに今日という日を心待ちにしていた
リクオと約束したとはいえつららだって女だ
リクオが大人の体へと成長する姿を見てときめいたり
大学で他の女の子達と話をしている姿を見ては嫉妬に身を焦がしいっその事・・・・と何度思ったか知れない
そんな乙女心を押し殺して今日まで無事恋人同士でいられたのだ
つららとて楽しみじゃないわけでは無かった
好きな殿方に操を捧げる――それは女としての最大の喜びだ
少なくともつららはそう考えていた
いたのに・・・・リクオの態度は期待に反して素っ気無かった
ついリクオの事を疑ってしまう
そんな事など無いとわかっているのに不安でどうしようもなくなってしまうのだ
あまりにも待たせ過ぎてしまったので愛想をつかされた?
それとも誰か別の女性を・・・・
つららはそこまで考えて頭を振った
リクオ様に限ってそんな事などないと自分に言い聞かせ、これ以上起きているとへんなことばかり考えてしまうので早々に休むことにした
次の朝、つららはいつものようにリクオと一緒に大学へと向かった
つららは変わりないリクオの態度に自分の取り越し苦労だったと安堵の息をついた
きょ、今日はお誘いあるのかしら?
つららはごきゅりと喉を鳴らすと一人頬を赤くしながらリクオの後を付いて行く
しかしつららは知らなかった
そんなつららをリクオはこっそりと盗み見ながらほくそ笑んでいた事を
おかしい・・・・
つららは自室で正座をしながら首を傾げていた
今日も何もなかったわ・・・・
あれから早くも3日が経った
しかもその間、リクオからのアプローチは一度も無かった
今日もいつものように大学から帰ったリクオは、自室で勉強をするからと部屋に篭り
夕飯の時意外は顔を合わせることも無く
今までならば、この時間には晩酌に付き合えとリクオの方から誘いの言葉がある筈なのだが・・・・
ここ最近は、夕飯を軽く済ませると早々に良太猫の店へと遊びに行ってしまうのだ
ひとり残されたつららは先程から芽生えた不安に焦っていた
ほ、本当に愛想をつかされたのかも・・・・
考えたくない結論につららは冷や汗を流す
とうとう居ても経っても居られなくなり、つららはすくっと立ち上がると急いで部屋を出て行った
そろり
ここは裏通りの妖怪専用の繁華街
つららは頭からぬの字の手ぬぐいをかぶり、柱の影からそっと覗いていた
つららの視線の先にあるのは『和風お食事処化け猫屋』である
あれから気になって気になって仕方が無かったつららは、いけないと思いつつもここまで来てしまったのだった
店長である良太猫や店員の化け猫たちには顔が知られているため、店の中に入ることも出来ず向かい側の柱の陰に隠れて様子を窺がっていた
ど、どうしよう・・・こっそり化けて中に入ろうかしら?
つららは真剣にそんな事を考え始める
あれやこれやと柱の影で一人百面相をしていたつららは、「よし」と頷くとドロンと別の姿に化け店内へと入っていった
「いらっしゃいませ〜」
元気な声に出迎えられて変化したつららは席へと案内される
案内された場所は、丁度リクオの座っている席から離れていたがリクオの姿は十分見える場所だった
「いらっしゃいませ〜当店へは初めてですか?」
そこへ丁度メニューを持った別の猫がやって来た
つららは今、片目を前髪で隠し、頭の上には体のある目玉を乗せた少年の姿をした妖怪に化けていた
つららは「は、はい」と素直に返事をすると、店員の猫は親切にメニューを差し出し丁寧に接客をしてくれた
つららは適当にメニューを選ぶと、気づかれないようにリクオの様子を窺った
リクオはいつもと変わらず化け猫達の相手をしていた
時々猫娘達がじゃれてリクオの腕にすがり付いてくるがそれはいつものこと
接客サービスだと自分に言い聞かせて気にしないようにしていたのだが・・・・
ああ〜リクオ様にあんなにくっついて〜〜
つららはぎりぎりと机に爪を食い込ませながら、リクオのいる席を食い入るように見ていた
そのあまりの気迫に隣の客はおろか、店員までもがつららのいるテーブルからこそこそと離れていく
そんなおどろおどろしい空気を作るつららにリクオはというと――
あそこに居るのは・・・・つらら、だよな?
ばっちりと気づいていた
見たこともない妖怪の姿に変化してはいるが、怒りのせいで特徴的なその瞳が元に戻っていた
黄金色の螺旋の瞳はこの辺りではリクオの所の雪女にしか見られない珍しいものなのだ
どんなに姿形が変わろうともその瞳だけは見間違えるはずもなく、どうしてこうも予定通りに動いてくれるのかとリクオは笑わずにはいられなかった
突然リクオがくすくす楽しげに笑っているのを猫娘達は不思議そうに覗き込む
「さんだいめ〜どうしたんですか〜?」
猫娘達は擦り寄るように近づくとリクオに甘えた声を出す
その仕草すらも、つららの怒りを買うという事実を露ほどにも思っていない娘達に、これ以上此処にいると危険だと判断したリクオは、側にいた店員に帰る旨を告げ席を立った
猫娘達は「え〜まだいいでしょ〜」とリクオの袖を引き縋りつくが「じゃあまたな」と、やんわりと断ると店を出た
そのすぐ後ろで慌てて店を出ようとするつららの気配にリクオは小さく苦笑すると
あともう一押しだな
と、胸中で呟きにやりと笑う
慌てて店の外に出てきたつららに気づかれぬように、お供の大蛇の頭に乗り空へと舞い上がっていった
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