ぴこん ぴくん
くるん しゅるん
面白い♪
リクオは目の前で動くそのもふもふに釘付けになった
奥の座敷
リクオが一人静かに酒を飲んでいると
「失礼します」
障子の向こうから恐る恐るといった声がかけられてきた
「おう入れ」
リクオは流れるように視線をそこへ移し、返事を返すと程なくしてすっと障子が開けられた
控えめに開けられた障子の向こうから現れたのは
この店ナンバーワンの新米猫娘だった
開店記念用に設えたのか、その猫娘の着ている服はいつものユニフォームと違い大胆なデザインが施されていた
上半身は着物
下半身は超ミニのふりふりスカート
白を基調としたこの衣装は、基本がメイド服なのだろう
頭にはレース模様のカチューシャを付け
フロントにはフリル付きのエプロンを帯で留めている
しかも、ミニスカートから覗く足は生足に下駄という組み合わせだった
和と洋が混ざった絶妙なデザインは目のやり場に困る
こんな姿堂々と見せやがって
リクオは正座したまま障子を静かに閉める猫娘を見ながら小さく舌打ちした
「お、お待たせいたしました・・・
にゃん」
深々と頭を下げて中へと入って来た娘は、語尾を小さな声で言いながら俯き加減でリクオの横へと座った
「あ、あの・・・」
娘はそわそわしながら何かに怯えるようにリクオの顔を見上げる
その表情はこれから叱られる事を恐れている子供のように見えた
それもその筈、この猫娘はつららなのだ
ついでに言えば、ここへ来ていた事はリクオには内緒にしていた
その後ろめたさからか、つららはいつもは喜んで座るリクオの隣が何故か居心地が悪かった
しかもリクオのあの態度・・・・
さっきのアレは本当に気づいていらっしゃらないのだろうかと、再度主を見上げて首を傾げた
先程、店に訪れたリクオは平然と自分を見下ろしていた
しかも、あろう事か初めて見る娘だと言い、自分だと気づかなかった事につららは酷く驚いた
しかも猫娘姿のつららを「部屋に通せ」と言って何事も無かったように奥の座敷へと消えて行ってしまったのだ
そんなリクオの行動は、多分フリなのだろうと、そこに居合わせた店員の誰もがそう思っていた
もちろんつららも
だがしかし・・・・
もし本当に気づいていなかったらどうしよう
という不安も一抹ながらあった
だからと言って油断は禁物
もしリクオのこの素振りがフリで、つららをからかう為のものだったのなら、それこそ墓穴を掘ることになる
店員のフリをして対応しようものならどんな悪戯が待っているか・・・・
リクオの悪戯好きを十分熟知しているつららは、この後一体何をされるのかと気が気では無かった
そして、こんな状況を作った原因――どうしてつららがここで猫娘の格好などをしているのか――と言うと
先日、「今度うちの店が開店記念のお祝いに半額サービスをやるからその日、雪女を助っ人で貸してくれ」と良太猫から直々に頼まれたのがきっかけだった
いつも化け猫屋には主を始め、本家の妖怪たちも世話になっていたのでつららは二つ返事で了解した
しかし、その後仕事の内容を聞いたつららは焦った
何故なら・・・・
『一日限定、猫耳&尻尾を付けて化け猫屋オリジナルメイド服を着てお客様にご奉仕をするにゃん♪』
と言う、つらら専用の仕事を頼んできたからだった
猫耳はまあいい、尻尾も・・・・でもなんで化け猫でもないのに語尾に「にゃん♪」て言わなければいけないのか?と、つららは始め良太猫の提案に首を傾げていたのだが
雪女がお店に出てくれれば大繁盛するから!と良太猫の熱烈な申し出に、結局断れなくなってしまった
しかも、何故かリクオ様には内緒にしてくれというお願い付き
つららも軽い気持ちで、まあ一日だけだから、と主への報告を怠ったのがいけなかった
結局誰から聞いたのか、リクオ本人が直々にお店に来てしまったのだ
主を欺こうなどと、側近としてはあるまじき行為
つららはこの時になって己の浅はかさを呪った
怒っていらっしゃるかしら?それとも・・・・
ふと、恐る恐る縋るような視線で見上げた主の顔は――
それはもう、楽しそうな笑顔だった
悪戯を思いついたような童子の如く
玩具を見つけた餓鬼のように
それはもうにっこりと・・・・
やっぱり〜〜!とつららは胸中で大絶叫をした
そして、ううううう・・・出来る事なら逃げたい!と頭痛を訴え始めた頭を抱えて嘆く
だがしかし、ここで負けてはダメだと、つららは冷や汗を流しながら頬を引きつらせて笑顔を作っていた
「とりあえず酌でもしてもらおうか」
そんなつららの心中を知ってか知らずか、リクオはそう言うとずいっと杯をつららの前へと差し出してきた
「へ?あ、は、はい・・・どうぞ」
つららは一瞬驚いた声を上げたが、そこは習慣
慣れた手つきで燗を持つと杯に酒を満たしていく
とくとくとく、と音を立てて杯に注がれる酒を静かに見つめながらリクオは徐に口を開いた
「ツバキ・・・と言ったか?」
「は、はい!?」
突然かけられた声に、つららは手にしていた燗を思わず落としそうになってしまった
間一髪、リクオにぶちまける事無くなんとか燗を持ち直すと、改めてリクオに向き直った
リクオはというと、何の他意も無くこちらに微笑んでいる
その視線は純粋に疑問を投げかけているようで、つららはあれ?と思った
そして、まさかという思いと共にぱちくりと瞳を瞬いた
「き、気づいていないのですか?」
思わず声に出てしまった
「ん?何がだ?」
リクオは小首を傾げながらつららを見つめる
その瞳の奥は笑っているように見えて、どうにも騙されている気分がしてならない
つららは慎重に言葉を選んだ
「そ、その・・・私のことです」
「ふっ、それは誘ってんのかい?」
しかし、つららの躊躇いがちなその言葉に、リクオは口角を吊り上げると艶っぽい声でそう言ってきた
「へ?ええ?誘ってるって・・・」
「おや違うのかい?口説かれてるのかと思ったんだが・・・・」
リクオはジリッと体半分つららの近くに寄ってそう囁いた
「い、いいいいいえ!そんなんじゃ!!」
突然近くに寄ってきたリクオの体から、上半身だけを器用に仰け反らせてつららはブンブンと首を振る
そんなつららの反応に、「そうかいそれは残念だ」とリクオは苦笑を零すと持っていた杯の残り酒をぴっと振り切り、つららの前にずいっと差し出してきた
「どうだい、今夜出会った祝いに一杯付き合っちゃくれねえか?」
そう言って口元に笑みを作る
その視線はどこまでも真剣で、嘘偽り無い視線のように見えた
その為、つららは混乱した
ほ、本当に気づいていらっしゃらないのでは?
と・・・・・
リクオは目の前の女に笑いが止まらなかった
首無から事の成り行きを聞いて来てみれば、目にしたモノは衝撃の何者でもなかった
猫耳
尻尾
メイド服
しかも語尾に「にゃん」が付くだと?
だれだこいつにこんな格好させたのは?
良太猫か?
けしからん!
後でとっちめておかねば、などと目の前の女を見つめながらあれこれと考えを巡らせていると、目の前の女がこちらに振り向いてきた
その瞬間、サアァァァァと顔色が真っ青に変わっていく
無理も無い、俺がここに居るんだからな
いないと思っていた人物が、良太猫の真後ろで自分を見下ろしているんだ、驚かない方がおかしい
特にこの女は面白いくらいに表情がくるくるとよく変わる
見ていて飽きない
店の中にもつららの事を気に入った奴が何人かいるようだ
後で一言言っておかなきゃならんかもな・・・・
面倒臭い
リクオがやれやれと溜息を吐いていると、目の前のつららが視線を外した隙にこそこそと逃げようとしていた
それを見逃すはずも無く、リクオは楽しげな笑みを作るとつららに向かって口を開く
俺から逃げようってのか?逃がしゃしないぜ、俺に黙ってこんな所に来てたんだからなぁ
たっぷり楽しませてもらおうか?
リクオは静かに攻撃に移った
「では失礼して・・・・」
目の前に差し出された杯をつららが受け取ると、リクオは側にあった酒を並々と注いだ
少々多すぎるその酒に、つららは「うっ」と声を漏らしながら目の前の酒を見つめた
「どうしたい、飲まねえのか?」
いつまでも酒を飲まないつららに、リクオは怪訝そうな瞳で見つめてきた
つららは、ええいままよ!と、くいっと一気に酒を飲み干した
喉の奥を冷たい液体が通っていく
そのすぐ後に、かっと体の中が熱くなっていった
五臓六腑に染み渡るとはこういう事を言うのであろう
焼け付くようなその感覚につららは顔を歪ませた
「おいおい、大丈夫か?」
ごほごほと咳き込むつららの背中をリクオは慌てた様子で擦ってやる
何度も背中を擦っている内に、リクオはあるモノに気づいた
目の前で揺れるその物体
つららが咳き込む度にぴくんぴくんと忙しなく動く
猫耳
リクオはつららの背中を擦るのも忘れて、食入るようにその猫耳を見つめていた
「きゃっ」
つららは思わず声を上げる
「な、なに?」
「ああ悪い」
リクオは振り返るつららに思わずその手を引っ込めた
「痛かったか?」
心配そうにリクオはつららの顔を覗き見る
否
つららの頭部に生えた猫耳を見ていた
「だ、大丈夫です!」
その視線に気づいたつららは慌てて猫耳を両手で隠すと後ろを向いてしまった
そんなつららにリクオは少々残念そうにしていたが
「ん?」
今度はその下の方に視線を落とした
リクオの視線の先――
つららの背の更に下
柔らかそうな臀部の辺りからふよりとのびている
尻尾
ほわわわわわん
リクオの相好が崩れた瞬間だった
ぽわ〜んとその柔らかそうな尻尾を見ながらリクオは薄っすらと頬を染め、嬉しそうに瞳を輝かせていた
「ふみ゛っ!」
つららは全身鳥肌が立つような悪寒と軽い痛みに見舞われ、その場で奇声を発して飛び跳ねた
つららが恐る恐る振り向くと――
ほわ〜んとした顔で、つららのお尻から生えた尻尾をムギュムギュしているリクオが居た
「リ、リクオ様・・・・」
つららは現在の己の立場も忘れ、驚愕したままの顔で主の名を呼んだ
「ん?」
つららの声に顔を上げた主の顔はなんともだらしが無い
まるで、子供が初めて見る小動物に夢中になっている様だ
痛いんですけど、というジト目のつららを意に返す様子も無く、リクオはその尻尾と猫耳に夢中になっていた
ふにふに
もふもふ
むぎゅっむぎゅっ
まさに触りたい放題である
さっきまでの艶やかな遣り取りは何処へやら、童心に返ってしまったかのようなリクオの素行振りにつららは懐かしいやら情けないやら、複雑な気持ちでされるがままになっていた
変な悪戯されるよりはこっちの方がましね
つららは心の中でそう諦めると、正座をし暫くの間リクオの好きにさせようと目を閉じた
「ひゃう」
しかしそんな生暖かい雰囲気も束の間、暫くするとつららが突然変な声を上げた
「あ、ひゃあ、リクオ様それは・・・・」
尚も続くつららの悲鳴
突然がっちりと背後から体を拘束され、身動きの取れなくなったつららは、リクオの腕の中でバタバタと暴れていた
リクオは何を思ったのか、背後からつららに抱きつくと、その頭に生えた猫耳をぺろんとひと舐めしてきたのだ
ぞくぞくとするその刺激に、つららは思わず声を上げてしまったという訳なのだが
尚もリクオの攻撃は続いた
つららの反応に気を良くしたのか、はたまた悪戯心が刺激されたのか
リクオは逃げられないつららを良い事に、ぺろぺろと猫耳を舐め続けていた
ぺろりとひと舐めすれば、ふるふると震え
はむっと軽く噛めば、びくびくと痙攣する
面白い♪
リクオはその反応に夢中になっていった
それから小一時間後――
「あ、うふん、リクオ・・・様」
お止めください、と艶の混ざる女の声と
「つらら」
我慢できねえよ、と高ぶる男の声
ざわめく喧騒から少し離れた奥座敷
薄障子を隔てたその中の事情は、この店の店員達によって外へと漏れることは無かったそうな
了
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