ぴくん ぴこぴこ
ふわふわ しゅるん

右も左も妖怪で賑わうこの場所で、ひと際その娘は目立っていた

店の女の子達を両脇に抱えて大盤振る舞いの妖怪も
仲間と共に料理に舌鼓を打っている妖怪達も
ちびちびと一人酒を楽しんでいる妖怪も
皆、ちらちらとその娘に視線を送っていた

「なあ、なあ、あの娘新入り?」
一匹の妖怪が店員の化け猫にこそっと耳打ちする
それを聞いた店員の化け猫は嬉しそうにこう言った

「ええ、最近入った娘なんですよ〜♪名前は・・・・」



人々が寝静まる深夜
広大な敷地に巨大な居を構える奴良家の屋敷の中
白銀の髪をたなびかせ、ゆらりゆらりと縁側を歩く男が一人
騒音とも取れる声音を響かせていた
「お〜いつらら〜」
屋敷の主である男にしては珍しく、少しばかり焦りの混じった声で側近である女の名を何度も呼んでいた
「いないのか?」
屋敷にいる住人の迷惑も顧みず、散々女の名を大声で呼んだ挙句、主は腕を組んで首を傾げていた
とは言っても、ここは妖怪の棲家
何事かと覗きに来る者はいても、騒いだ事を咎める者は誰もいなかった
というのも、奥の座敷では他の妖怪達が毎夜の如く酒宴だ宴だとお祭り騒ぎをしているからだ

そんな喧騒の中、屋敷の主人であるリクオは先程から姿の見えない側近を探してまだ屋敷の中をうろうろしていた
するとそこへ、側近の一人である首無がやってきた
「リクオ様、どうされました?」
「あ、いや・・・つららに酌でも頼もうかと思って、な」
リクオは首無にそう言うと、頬をぽりぽりと掻きながら視線をあらぬ方向へと向けた

目が泳いでいる

はは〜んさては、とよそよそしい主に何やら気づいた首無は内心くすりと苦笑すると
「雪女は今所用で出ております」
「は?所用?どこ行ったんだあいつ」
聞いていないぞ、と詰め寄ってくる主を見ながら首無は表情には出さず、また内心で苦笑した

この人は、分かっておられるのか?

ただの側近
しかも何百と居る側近の内のたった一匹に対しこの態度
側に居なければ心配し、居ればいたで始終側に置いて離さない

単なるお気に入り

というにはいささか行き過ぎのようにも思えるこの執着振りに、いい加減お気づきになれば良いのに、と首無は気づかれないように嘆息する

心配をされて連れて帰られては困ると思い隠しておいたが、いい機会かも知れないな

首無は目の前で「早く言え」と言わんばかりに己の胸倉を掴み上げる主を見つめた

というか自分が危ない・・・・

その瞳で射殺されそうな程の殺気を身に纏った主は、これ以上黙っていると本当に殴りかかってきそうだ
首無はそれは堪らないと、ようやく思考を停止させると口を開いた
「雪女はその・・・今は化け猫屋にいます」
「なに?」
リクオは掴んでいた首無の服を離し、目を見開いて聞き返す
一方、拘束から開放された首無は静かに頷き胸中で呟いた

良太猫・・・・すまん





「いらっしゃいませ〜♪げっ!」
「よう、席空いてるかい?」
店主の驚きの声をさらりと聞き流し、畏の代紋の入ったはおりを肩に引っ掛けリクオはゆっくりとした足取りで店の暖簾をくぐる
「あ、はい・・・・奥の座敷が空いております」
この店の店主でもある良太猫は冷や汗をだらだら流しながら百鬼の主であるリクオを店の中へと通す
店内は相変わらず、いやいつもよりも客で賑わっていた
「今日はいつにも増して大盛況じゃないか」
「あ、はい、今日はその・・・開店記念日でして・・・・」
「ほお、そいつはめででえな、俺に教えてくれねえなんて水臭いじゃないか」
俺が来ると不味い事でもあるのかい?と、リクオはにやりと口角を上げると良太猫へと視線を送った
「そ、そういうわけでは・・・・」
リクオの射抜くような視線を受けて良太猫はたじたじである
ちらちらと店内をこっそりと盗み見ながら良太猫は「中へどうぞ」と店の奥へと促した
「ああ」とリクオは口元に笑みを作ったまま良太猫に誘われるがまま後を付いて行く
その時――

タイミング良くこの店の人気ナンバーワンの娘が店の奥から出てきた
「げっ!」
良太猫は大げさなほどの声を上げて驚く
いや、良太猫だけではなく、店の化け猫達も同様に焦った声を上げていた
実はリクオが来てから店の化け猫全員がその様子を息を潜めて見守っていたのだ
バレないようにこっそりと
しかしナンバーワンの娘だけは空気を読めなかったのか、はたまた気づかなかったのか、一番出てはいけない時に店の中へと出てしまった
厨房の化け猫たちの奮闘も空しく徒労に終わった瞬間だった

「マタタビジュースお待たせしました〜・・・にゃん♪」
慣れない言葉遣いでテーブル席にジュースを置いていく娘は、すぐ隣で青ざめ固まっている店主に気がつき顔をそちらに向けた
「あ、良太猫さんどうしたんですか?そんなところに・・・て、ええええええ!?」
最後のほうは殆ど悲鳴になっていた
手に持っていたお盆を顔の前で盾にし、赤やら青やら顔色を変えてナンバーワンの娘は驚いていた
真っ青な顔のまま固まる良太猫のその後ろ――

白銀の髪をたなびかせ、濃紺の着流しに良く知るはおりを肩に引っ掛けた百鬼の主――奴良リクオが立っていた
しかも表情をぴくりとも変えず、口元には笑みを称えたまま

だらだらだらだら

背筋に冷たい汗が大量に流れていく

まずい

娘は思った
顔の半分をお盆で隠し、こそこそとその場を逃れようとした所へリクオが口を開いた

「へえ、新しい娘か?良太猫」
見ない顔だな、とリクオは言いながら目の前で固まる店主に視線を向けた
「へ?ええ、まあ・・・・」
良太猫は何が何やら、驚いた顔でリクオを見上げた
「なかなか可愛いじゃねえか」
逃げようとしていた娘に視線を戻すとリクオは口角を上げてにやりと笑った
「ひえっ」
その笑顔に娘は瞳をぐるぐるさせて小さく悲鳴を上げた
「で、名前は何ていうんだ?」
リクオの言葉に良太猫は更に驚き目を瞠る

まさか、気づいてない?

いやいやいやそんな事はないだろう、と良太猫は内心で頭を振った
ちらり、と隣の娘を見遣る
この店ナンバーワンの娘はどこからどう見ても――

つららだった

今は店のコスチュームを着てもらっているが、姿はそのままだ
藍色の長い髪
黄金螺旋の瞳
真っ白な肌
どこからどう見ても、奴良家の側近つららだった

違う所といえば、頭には猫耳
お尻には尻尾
そして、着物型のミニスカふりふりメイド服
を着ているだけだ
顔もその身にまとう色彩も同じなのだから、奴良家の者なら誰だって気づくはず
その証拠に、ここへ来ていた奴良家の妖怪達は「あ〜つららだ〜」と親しげに声をかけていたのだ
そんなつららに気づかないわけが無い・・・・特にこの目の前の百鬼の主などは

一目で分かるはずなのに

日頃のつららへの執着振りを小耳に挟んでいる良太猫は、まじまじとリクオを見上げた
そんな良太猫の視線に気づいているのかいないのか、リクオは「ん?どしたい?」と首を傾げるばかり
「あ、いえいえ名前でしたね、え〜と・・・」
良太猫は本名を言ってみるか?とちらりと脳裏で思い浮かんだが、それはそれで嫌な予感がしたのでこの店用につけた源氏名を教えた
「ツバキちゃんです」
良太猫は冷や汗を流しながら答えた
その名前にリクオはふっと笑みを作ると
「いい名前じゃねえか、ふふ・・・寒椿たあ風情があるな」
リクオがぽつりと呟いた言葉に良太猫は「え?」と首を傾げたが
リクオは誤魔化すように「なんでもねえ」と首を振ると更に続けた
「気に入った、後で俺の座敷に呼んでくれ」
リクオは良太猫にそう告げると、他の店員に案内させ奥の座敷へと消えていった
その後姿を呆然と見送りながら、良太猫とつららは顔を見合わせる
「ど、どうしましょう?」
「う、う〜ん・・・・」

なんでバレたんだ!と二人は胸中で絶叫していた

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