その日、奴良家に突然の訪問者があった
「ようネエちゃん、ちょっといいか?」
門の前で掃き掃除をしていた女に、軽い口調で声をかけてくる男がいた
「何か御用ですか?」
女は声をかけてきた男を訝しげに見上げながら、しかし失礼の無い様にと丁寧に返事を返す
「ああ、ここに雪女がいるだろう?ほら、すげー美人の、イイ女がさ!」
その男はニヤリと、どこかぞっとする様な笑顔を作ると、その女に向かってそう言ってきた
奴良家に仕える女は、その言葉にぴくりと反応する
生前培った花魁の勘が訴えてくる
この男は危険だ……と
ゆるやかなウェーブを作るその美しい髪の間から、女は注意深く目の前の男を覗った
整った顔立ちに、炎を連想させる緋色の髪と瞳
それとは対照的に、細身の長身に真っ黒な衣装
黒のライダースジャケットに黒のレザーパンツ
髑髏や蝙蝠をあしらったアクセサリーをじゃらじゃらと身に付け
まるでロック歌手のような出で立ちをした大男が、にやりと口元を吊り上げながら己を見下ろしていた
「よう、いるんだろう此処に?」
男は自分を観察する女を、ニヤニヤした顔で見下ろしながら再度問うて来た
男の質問に毛倡妓はすっと視線を落とすと、「申し訳ありませんが」と謝罪の言葉を言おうとした
のだが――
「おっ、いるじゃねえかアイツが!!」
男は突然そう言うと、毛倡妓の脇を抜け門をくぐって中へと入って行ってしまった
「ちょ、ちょっと!」
突然の男の行動に毛倡妓は慌てた
中庭へと向かって行く男を引き止めようと、慌てて前に立ちはだかる
「何勝手に入ってきてるのよ!ここをどこだと思ってるの?」
「ああ?んなもん知らねぇなぁ、そこどけ!」
両手を広げて行く手を遮る毛倡妓に、男は眉間に皺を寄せて怒鳴り返す
そして、苛立ちを含んだ紅い瞳で毛倡妓を見下ろしてきた
その瞬間、ぞくりと
そう、ぞくりと何処かで感じたことのある悪寒に襲われた
な・・・に?
男に睨まれた瞬間、毛倡妓は蛇に睨まれた蛙の如くその場に動けなくなってしまった
何故か体中から冷や汗が噴出し、体が小刻みに震えだした
こ、これは……
初めて会った、しかも優男風の男のひと睨みで毛倡妓は動けなくなってしまった
そんな毛倡妓を男は鼻で笑うと、その横を通り過ぎて行く
そして中庭に居た女を見つけるや
「よう、久しぶりじゃねえか?」
男は嬉しそうにニヤリと笑いながら、その雪女の元へと近づくと、いきなり腕を掴んできた
「え?」
突然腕を掴まれ声をかけられてたつららは、驚いた表情で男を見上げた
「ん?」
驚いてこちらを見上げるつららをにやついた笑みで見下ろしていた男は、次の瞬間訝しげに首を傾げてきた
そして掴んだ腕を引き寄せると、くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始めたのだった
「なっ!?」
なにを?と、突然の男の行動に動揺するつらら
あまりにもな男の行為に、腕を掴んでいる手を払い除けようと、つららは必死になってもがいた
しかし体格差で十分勝る男の手は簡単には振り解けない
尚も匂いを嗅ぎ続ける男につららは恐怖すら覚える
「は、離して!」
つららは無我夢中で体を捻りながら叫んだ
その途端、腕を拘束していた力が急に緩んだ
「なんだ、違うじゃねえか」
溜息と共に男の残念そうな声が聞こえてきた
その開放感に、つららはほっとする
そして、いきなり己の腕を掴み、あまつさえ匂いまで嗅いで来た男を睨み上げ
抗議の声を上げようとしたその時――
ゴォォォォォォォォォォッ
猛吹雪がつららの目の前を直撃した
真っ白になる視界
その視界の先では己を拘束していた男がその吹雪と共に吹き飛んでいくのが見えた
そして――
「妾のつららに何をする」
つららの背後から凛と透き通る高い声が聞こえてきた
「お婆様!」
つららは聞こえてきた声に振り返った
振り返った先には己の祖母――ユキがいた
「つらら、下がっておれ」
ユキはそう言うと、優雅な足取りでつららを庇うように前に出る
そして、先ほど吹き飛ばしたあの男を冷たい視線で睨みつけた
ユキの攻撃で数メートル先まで吹き飛ばされた男は地べたにうつ伏せになって倒れていた
しかしユキがつららの前に出た途端、むくりと起き上がり何事も無かったかのように体に付いた雪を払いだした
そして緋色の瞳を嬉しそうに弧の字に描き、口元をニヤリと引き上げると
「久しぶりだなぁ……雪」
凍った右腕を見せ付けるように掲げながら、女の銘を呼んだのだった
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