[注意]
悲恋ではありませんが、途中リクオがいろんな人と付き合っているという設定があります。しかもみんな破局。所々に私の発作(ギャグ病)の産物ががちらほらとありますが基本暗い話傾向なので苦手な人はお引き返し下さい。(捏造多)
大丈夫な方は下へどうぞ↓
僕は後悔していた
なんで、気づかなかったんだろう
なんで、知らなかったんだろう
なんで、見ていなかったのだろう
後悔は先に立たずって言うけれど
これじゃまるで何も知らない赤子同然じゃないか
僕は何も気づかずにあの子と付き合っていた
僕は何も知らずにあの子と付き合ってしまった
僕は何も見ずにあの子と一緒になろうとした
僕は、ぼくは・・・・
なんて馬鹿だったんだ
いまさら気づいても遅いのかな?
いまさら知ってもダメなのかな?
いまさら見つめても振り向いてもらえないのかな?
ねえ・・・
教えてくれよ愛しいオマエ
私は見守っていられればそれで良かった筈だったのです
でも、この恋が実らないと知ったとき私は泣いてしまいました
苦しくて苦しくて
悲しくて悲しくて
このまま消えてしまいたい
そう思ったことは何度もありました
アナタが私の知っている人と付き合ったとき
アナタが私の知らない人と付き合ったとき
アナタが私の知らない所で伴侶を見つけていたとき
何度も何度も
でも、自ら命を絶つことはできませんでした
だって私は約束しましたから
『未来永劫お守りします』と・・・・
そして私は今日もその誓いを守るべくアナタをそっと見守っているのです
僕は最初、カナちゃんと付き合った
彼女は幼馴染で、僕の人間としての象徴で
ずっと昔、僕の背中を押してくれた唯一の女の子
だからだろうか、彼女から告白されたとき、僕は喜んで頷いていた
そして僕達は恋人同士になった
最初は良かった
初めての恋愛に僕達は浮かれていた
心の底から喜び、慣れないながらも一生懸命相手を想った
でも・・・・
僕達は一年もしない内に別れてしまった
原因はアレだ
僕ガ彼女ヲ信ジテアゲラレナカッタカラ
僕は最後まで自分の正体を明かせなかった
僕の正体
妖怪の総大将だってことを
そして、彼女がずっと恋焦がれていたあの主だったって事を
彼女は僕と付き合っている時も、ずっと妖怪の主のことを想っていた
彼女は僕には忘れたと言っていたが、事ある毎に彼に関連する事があると目の色を変えていたから良く分った
妖怪の主は実は僕の事なんだよって言ってあげられれば良かった
でも・・・・
できなかった
恐かったんだ
彼女が僕達を比べる事が
あまりにも違う外見と内面に彼女はきっと僕達を同一人物としては見てくれない
僕は悟っていた
人間はあまりにもかけ離れたモノを同一としては見てくれないって
そして唯一、僕の正体を知っている花開院さんでさえも、僕達を同一として見てはいなかった
時折見せる妖怪に対しての負の念
妖怪の僕と人間の僕が同一人物だと頭では判っているのだろう
けれど、彼女の心がそれを否定しているのがわかっていた
僕と彼を別の者として捉えていることが、彼女達の視線や言葉の端々に滲み出ていた
そう僕は確信していた
そんな想いを抱えていた僕は
ある日とうとうその不満を、カナちゃんにぶつけてしまった
「キミは彼のことを忘れられないんだね」って・・・・
彼女は傷ついた顔をして「違うよ」て何度も否定していた
リクオ君だけ、リクオ君だけだよって言うキミを置いて僕は逃げた
「ごめんカナちゃん、信じられない」
僕の言った言葉に彼女は酷く傷ついた顔をして俯いていた
そして背を向けて去って行く僕のことを、彼女は一度も引き止めてはくれなかった
自業自得だ
僕は彼女を非難する資格なんてないのに
僕は彼女にずっと嘘をついていたんだから
僕は・・・僕は・・・・
自分の正体を知られる事を
比べられる事を恐れて彼女から逃げてしまったのだ
それから僕は何人もの女性と出会い恋をした
でもその殆どは長く続かず、自分の正体も明かすことは無かった
僕は色んな女性と出会い恋をする間、僕の体は人間同様に成長し歳を取っていった
そして、人間としての成人を迎えた時から外見の成長がぱったりと止まってしまった
ああ、僕は妖怪だったんだってこのとき初めて気がついた
相変わらず僕の容姿は昼と夜とで変貌し混ざり合うという事は無かった
そのお陰で僕は未だに彼女に正体を教える事ができなかった
隣で微笑む彼女は、もう何人目になるかわからない恋人だった
彼女は人間だった
清楚で可憐で笑った顔が愛らしい少女のような女だった
そして凄く恐がりでお化けや幽霊の類が大嫌いな娘だった
あの子に似てるな
初めて会ったとき、遠い昔に別れた幼馴染の顔を思い出した
彼女はあの幼馴染とどこか似ている
そんな雰囲気を持つ女だった
案の定、彼女にも僕の正体は明かさなかった
しかも、家にも呼んだことは無かった
恐がりの彼女のこと、家を見た瞬間恐怖で顔が引き攣るのが目に見えていたから
彼女はかつての幼馴染よりも恐がりだったから
そして心のどこかで僕は彼女との関係も長くは続かないなと、どこかで諦めていた
そして2年後・・・・僕の予想通り彼女とは別れた
別れた原因は単純なものだった
何度も僕の家に来たいと言っていた彼女を、一度だけ家に招待したことがあった
その時の彼女の顔ときたらこの世の終わりのような恐怖に怯える表情で僕の家を見上げていた
それはそうだろう
都心の一等地に建つ大きな屋敷とは言え
屋根の瓦は割れ、壁はぼろぼろ
屋敷の中はひんやりとして薄暗く
まさにお化け屋敷然としたそれを見た途端
彼女は竦み上がり、半時もしない内に逃げる様に帰ってしまった
その後は一方的に避けられ、いつの間にか自然消滅していた
今回もまた自業自得だった
お化けも妖怪も大嫌いな娘と付き合ったから
はなから合うわけがないのにただ何となく付き合ったから
本当のことを言う気も無かった相手
ただ惰性で付き合い始めた相手
この数十年僕はそんな恋愛しかしていなかった
僕が成人してから随分経ったとき
結婚を考えられる女性と付き合っていた
その女は芯が強くとても気の強い女性だった
しかし、お化けや妖怪を信じない人だった
だけどそれ以外は何の問題もなく彼女も僕を愛してくれていた
僕も彼女を愛していた
彼女と出会ってから3回目の秋が巡って来た時
不意に彼女の口から結婚の話が振られた
僕は困った
彼女に本当のことを言うべきか否かと
僕が実は妖怪の孫だって事を・・・・
悪の総大将の血を引いているってことを
百鬼の妖怪を率いる主だってことを
僕は色々考えた末、彼女に質問してみる事にした
「僕がもし妖怪だったらどうする」て・・・・
その質問に彼女は当たり前のように笑いながら答えた
「妖怪なんかいるわけないじゃない」
彼女はそう言って笑った
そして・・・・
「貴方が妖怪だったら困るわ」
とも言っていた
その答えに僕は「どうして?」と聞くと、彼女はさも当然のようにこう答えた
「だって気味が悪いじゃない」
あんな気持ちの悪いものと結婚したいと思うの?と逆に聞き返されてしまった
僕は彼女の答えに何も言えなかった
否、答えることができなかった
答えてしまったらきっと「貴方頭おかしいんじゃない?」と言われることが解っていたから
そう
誰もそんな話を聞いて一緒になろうなんて思ってくれるわけがないのだ
僕はまた一つ悟った
人間は妖怪が嫌いなんだってことを
今頃そんな事に気づくなんて
僕は自分の愚かさに自分が心底嫌になった
この彼女もまた次の春には別れていた
僕が生まれてから50年の月日が経っていた
そして、僕が生まれてから100年経った
僕の子供の頃を知っている人達はもういない
幼馴染も一緒に学校に通っていた同級生達も
みんなみんな・・・・死んでしまった
彼らのその後の人生はどうだったのか僕は知らない
何故なら僕が生まれてから30年を越えた辺りから、彼らとの連絡はぱったりと途絶えてしまったから
僕は体の成長が止まった頃から昔から僕のことを知っている人間の知り合いとはできるだけ会わないようにしていた
だって、何十年経っても変わらない外見を見たらみんなきっと不審がるから
だから彼らがどうやって生き、どうやって死んで行ったのか僕には知る由も無かったのだが
でも、僕は知っていた
直接彼らから聞く事は叶わなかったが、僕は何故か下僕達に頼んで彼らのその後の余生を調べさせた
清継君
彼は家を継いで社長になった
沢山の企業に手を広げていた彼は、昔からの趣味が高じて『妖怪探索ツアー』やら『妖怪旅館』などを発案し旅行会社を経営、しかもそれが大当たりした
益々会社は繁栄し、後に妖怪長者と呼ばれるようになった
その後は伴侶を得、社長として二児の父親として最後の時は家族全員に見守られながら息を引き取ったという
島君
彼は兼ねてからの夢を叶え、日本いや世界代表のサッカー選手になった
テレビや新聞、雑誌などで彼の顔は毎日見ていたのでその事は知っていた
そして、引退後もサッカーの世界で実況に監督にと活躍し可愛い奥さんを貰いその後は円満な家庭を築きそして彼もまた幸せな一生を終えた
鳥居さんと巻さん
彼女らは普通のOLになり普通の恋愛をし普通の幸せな結婚をして子供も授かった
そして沢山の家族や孫達に囲まれて黄泉へと旅立っていったらしい
花開院さん
彼女は予想通り花開院家の跡を継ぎ二十八代目当主となった
以前あった花開院家の『妖怪は絶対”悪”』という教えは無くなり、代わりに『妖怪を見たら”まずは話してみい”それでダメだったら滅して良し』という教えが新しく追加されていた
自由気ままな彼女の言葉がそのままの教えになっていた事に苦笑を禁じえなかったが
しかしその教えに異を唱えるものはいなかったそうだ
以後その教えは未来永劫受け継がれることとなった
そして彼女もまた人間の定めに従い歳を取り跡取りを授かった後は引退し、静かな余生を送ったという
そしていよいよ最後を迎えるといった時、何処から現れたのか彼女の枕元にとある百鬼の主が現れ彼女の最後を看取った逸話は花開院家の伝承の一つとされ今も語られている
カナちゃん
彼女は僕と別れた後、モデルとして活躍していた
元々素質もあり努力家だった彼女は、あっという間にトップモデルの仲間入りを果たした
そして押しも押されぬカリスマモデルとして一躍有名になった
テレビに雑誌に引っ張りだこの彼女は世界中を飛び回り
そしてたまたま仕事で行った海外で運命的な出会いを果たし結婚をした
仕事も結婚も手に入れた彼女はその後、生涯をモデルに捧げながら順風満帆、幸せな家庭を築いて行った
そして愛する夫と子供たちに見守られ彼女もまた天に召された
そして僕を子供の頃から知る人間は一人もいなくなった
僕はいつの頃からか人間の女性とは恋愛をしなくなった
相変わらず身分を隠して人間の世界に紛れ込んでいるけれど
人間とは極力親しくなり過ぎないようにしていた
僕は相変わらず良い奴で通っているけれど
しかし僕を子供の頃から知っている人間はいなかった
僕を知っている人間は大人の姿の僕しか知らない
そして僕が妖怪の主だという事を知っている人間もいなかった
それでいいと思った
これからも僕はこの先ずっと人間に正体を明かすことは無いだろう
それでいいのだ
それが自然なことだ・・・・
そしてこの頃になると妖怪の方の世界でも周りがだんだん五月蠅く騒ぎ出してきた
「リクオ様ももう100歳、妖怪としては立派なお年頃。そろそろ人生の伴侶を見つけては如何ですかな?」
などとお目付け役の鴉天狗が毎日うるさく僕の周りを飛び回っている事が多くなった
しかし、僕にはそんな気はさらさら無かった
僕が嫌そうに首を振ると鴉天狗は「今付き合っている意中のおなごはいないのですか?」などと聞いてきたので「いない」ときっぱり答えてやった
そんな僕の言葉に鴉天狗は心底驚いた様子で
「前はあれほど人間の女に手を出されておいでだったのに・・・」
と小豆のような瞳から涙を流して嘆いていた
そんな鴉天狗の言葉に僕はとんでもない、と頭を振った
人間の女を娶ろうとすればそれこそ障害だらけではないか?
何を好き好んでこんな化け物と一緒になろうというのだ、周りを見れば立派な人間は溢れるほどいるのに
僕はこの頃になると人間というものに対してある種の悟りのようなものを抱いていた
一部の側近達の間では僕は父や祖父同様人間の女と結婚するものと思われていたらしい
そんな事はこれから先有り得ないのに・・・・
何故なら、自分の母や祖母は特別だったと思い知ったから
進んで妖怪の元へ嫁ごうという酔狂な女は、この世界のどこにもいないと理解ってしまったから
闇が薄くなるこの世界で妖怪はさらに夢現の幻のような存在になってしまっていた
妖怪を信じる者も殆どいなくなり、しかし得体の知れない存在に恐怖だけは一人前に根付いていて
昔よりもさらに妖怪というものが受け入れられ辛くなってしまっているのだ
それなのにどうして人間の女と結婚しようなどと思う?
そう言う僕の言葉に、しつこい鴉天狗はそれでは「妖怪から」なんて懲りずに言ってきた
その言葉にも僕は否と首を横に振って答えた
その答えに鴉天狗は心底落ち込んだという風を装ってふよふよと力無くどこかへ飛んで行ってしまった
そんな鴉天狗の背中を見つめながら、僕はやれやれと小さく嘆息する
鴉天狗には悪いが、僕にその気が無いのだから仕方がない
何故だか判らないが、僕は昔から妖怪の女には興味を示さなかった
示さないと言うのは少々語弊があるな
正確に言えばそんな気が起きないというか悪いというか・・・・
たぶん、妖怪から誰かを娶るという事に少なからず警戒していたのかもしれない
組の中からにしろ外からにしろ、きっと政略的な何かが纏わり付いてくることに僕は無意識のうちに気づいていたのかもしれない
それになんだかアイツに悪いし・・・・
ふと、そこまで考えて僕は首をかしげた
アイツって誰に?と
アイツ?あいつ?はて誰のことを言っているんだろう?
僕は自分の胸のうちに湧いた疑問に暫くの間、自問自答を繰り返していた
しかし結局その『アイツ』が誰なのか判らなかった
答えは見つからず考えれば考えるほどイライラが募るこの思考に僕は早々に終止符を付けた
意味の解らない面倒な考えは終いにするに限る
僕は思考を止めてまたいつもの生活へと戻って行った
それからまた50年経った
鴉天狗も側近も結婚について五月蠅く言っていたのが嘘のように、あれから何も言わなくなった
まあ僕が一向に首を縦に振らなかったので諦めたのだろう
最近では僕の顔を見ては「はぁ〜」と深い溜息を吐くだけになった
僕はこれ幸いと、人間の営みを楽しみながら百鬼の主としての業務に専念するようになった
そんなある日、突然縁談話が持ちかけられた
しかしそれは僕のものでは無かった
その縁談は僕の側近に持ちかけられたものだった
「雪女もそろそろ古参の仲間入りに近い年頃、そろそろ伴侶などを迎えさせた方が良いかと・・・」
などと講釈を垂れる鴉天狗を僕は無意識のうちに睨み据えていた
「なんで?」
「は?なんでと申しますと?」
僕の言葉に鴉天狗はキョトンとした顔をして逆に聞き返してきた
その言葉に僕は思わず答えに詰まった
なんで?
なんでだろう・・・・
僕は己の中に浮かんだ疑問に唖然となった
今までどんな質問をされてもきちんと答えられたし、ぬらりくらりとやってこれたのに
なんでわかんないんだろう・・・・
初めて浮かんだ答えのない疑問に僕は途方に暮れた
「リクオ様?」
鴉天狗の訝しげな言葉に僕ははっと我に返った
「雪女にはまだ早い、それに側近頭としてやって貰う事はまだまだたくさんある、今はまだその時ではないよ」
と尤もな言葉を並べて鴉天狗を何とか黙らせた
「わかりました先方にはそのように伝えておきます、しかし・・・」
そこまで言って僕の顔をふと鴉天狗が見上げた
その探るような視線に僕はなんだと首を傾げていると
「それで良いのですか?」
と鴉天狗はさらに意味不明な言葉を並べた
その言葉にさらに意味が解らず、僕がいよいよもって首を斜めに傾けたとき
鴉天狗は「失礼しました」と慌てて言うとその場を逃げるように去って行ってしまった
後に残された僕は暫くの間、鴉天狗が言った言葉の意味を理解できず、それとは別に胸の内に湧いたこのもやもやがなんなのか一人悩んでいた
つららの縁談話から三日が経った頃
久しぶりにつららの姿を見かけた
久しぶりに見る側近の姿は以前と変わらず元気に屋敷中をくるくると忙しそうに駆けずり回っていた
そのいつもの様子に僕は自然と口元が綻んでしまう
昔から変わらない側近になんだか心の中が暖かくなり嬉しくなった
だからだろうか
本当に久しぶりに彼女に声をかけた
「つらら」
「あ、三代目」
彼女はいつの頃からか僕のことを「三代目」と呼ぶようになっていた
最初の頃は何か違和感があったが、今では慣れてしまい当たり前のように耳に響く
「久しぶりだね、いつ本家に帰ってきたの?」
「はい、一昨日の夜に。ご挨拶にも行かず申し訳ありませんでした」
つららは自身の失態に顔を真っ赤にさせて慌てて謝ってきた
僕はそれを制止し笑顔で頭を振った
「ううん、いいよそんな事。久しぶりに帰ってきたんだしゆっくりすればいいのに」
「でも・・・」
僕の言葉につららはばつが悪そうに指先をちょんちょんと合わせて俯いていた
昔から変わらない仕草、その声
僕はなんだか懐かしさと嬉しさでもう少しつららと話していたい気分になっていた
本当に彼女と話すのは久しぶりで
側近頭に任命した彼女は名実共に多忙を極め、あっちのシマやこっちのシマで引っ張りだこになっている
しかも新人の妖怪の指導も受け持つ彼女は、側近としての心構えとか振る舞いとかを新人相手にいつも熱弁しているらしい
僕の護衛としてももちろん活動しているのだが、最近は姿を見せないように気を使っているらしかった
陰に日向に僕を守っている事も手伝って、本当に彼女と顔を合わせることが久しぶりだった
そこでふと、僕は今まで疑問に思っていたことを彼女に聞いてみようと思った
「ねえ、つらら」
「はい、なんでしょう?」
「つららは何で僕の護衛を隠れてやってるの?」
僕の言葉につららはふっと視線を落とした
「そ、それは・・・」
何故か彼女は言い辛そうに口篭る
「つらら?」
「そ、それは、その・・・邪魔にならないようにです」
僕はつららの言葉に唖然とした
邪魔にならないってどういう事だろう
僕は無言のまま頬を染めて俯くつららを見つめながら過去の記憶を探り出した
僕は以前彼女に邪魔だと言ったんだろうか?
何度過去の言葉を思い出そうとしてもそんな言葉を言った覚えは無かった
「その、僕つららに何か酷い事言ったのかな・・・・その、邪魔だとか?」
僕はまさかと思いつつつららに聞いてみた
「いいえ、そんな事一度も言われておりません。その、これは私が勝手にそう判断してやっている事ですから」
つららはそう言ってまた下を向いてしまった
「勝手にって・・・なんでそんな事する必要があったのさ?」
僕はつららのした事に内心むっとしながら聞き返した
「あ、そ、その・・・お邪魔しては悪いと思って・・・・」
つららはそう言いながらみるみる内に顔を真っ赤にさせて僕を見上げていた
その恥ずかしそうな申し訳なさそうなその視線に僕は合点がいった
ああなるほどそういう事か・・・・と
つまりつららは僕が恋人と一緒に居るとき気を使ってくれていたのだ
僕達が、いや僕が気兼ねなく恋人と一緒にいられるように
気の利きすぎる側近の気遣いに僕は苦笑しそして感謝した
「そっか、気を使ってくれてたんだありがとう」
「あ、い、いえ、でもちゃんと三代目に危険が無いように建物の外で外敵がいないかちゃんと見張っておりましたよ、それに三代目が危険に晒されたときはいつでも駆けつけられるようにしておりました」
つららは僕にお礼を言われたのが嬉しかったのか、胸を張ってえっへんと誇らしげにそう告げてきた
「うん、ありがとう。でも今は別に付き合ってる人とかいないから側に居てもいいのに・・・・」
そのあまりにも懐かしい仕草につい
そうつい本音を漏らしてしまった
僕が少し前から気になっていたこと
その言葉につららは一瞬嬉しそうに笑ったが、次の瞬間にはきりりと眉を上げて頭を振っていた
「いいえ、それはなりません。三代目は立派に成人なされた殿方です。側近とはいえ女を側に侍らせておくなどどんな噂が立つかわかりません」
久しぶりのそのお小言のような物言いに僕は半分嬉しかったが半分うんざりしていた
「つららもそんなこと言うの?僕は誰とももう付き合う気は無いよ」
「まあ、その様なこと・・・・」
「なんだよつららも僕に結婚しろって言うのかよ?」
僕は何故だか裏切られたような気分になって、胸に燻り出したイライラをぶつけるように目の前の女を見下ろしてしまった
「い、いいえそんな事・・・・」
つららはぽつりと呟いたが次の瞬間はっとしたように目を瞠ると僕を睨むように見上げてきた
「三代目、その様なことお考えにならないで下さい。きっといつか素敵な方が現れます」
「もういいよそれは・・・・探したけどいなかったし」
「いいえ、いええ、若菜様のようにきっと素晴らしいお方がきっと現れますよ」
うんざりだ、と嘆息する僕につららは小さく首を振り慈愛に満ちた瞳で僕を見上げてきた
その視線に僕は一瞬押し黙る
「焦らないで下さい。つららはずっと三代目に素敵な方が現れると信じておりますだから・・・」
「もういいよ」
「三代目?」
「もういいよ、それよりさ、つららにも縁談が来てたって知ってた?」
僕はこれ以上つららの口からそんな話は聞きたくなくて強引に話題を変えた
あんな事を言ったつららに意趣返しするつもりで
「え?ああはい、聞いております、ですが・・・・」
「大丈夫、きちんと断っておいたから」
つららの言葉を見越して僕はそう答えた
その言葉につららは一瞬キョトンと呆ける
「あれ、迷惑だった?」
「い、いいえありがとうございます、どうやって断ろうか考えていたんです」
僕の言葉につららは弾かれたように反応し、次の瞬間深々と頭を下げて礼を言ってくれた
良かった、つららも断ろうとしていたんだ
そう分った途端、なんだかほっとした
「そっか、なら良かった」
「はい、私まだまだやること一杯ありますもの、結婚なんてしている暇ありませんわ」
そう言って笑う彼女に僕はまた疑問が浮かんでしまった
じゃあ、暇ができたらどうするの?
そのあまりにもな疑問に僕は内心苦笑した
それは彼女の自由であって、僕が決めることじゃないじゃないかと
でも、そう内心で苦笑する自分の中にそれを否定するものがあって
僕は何故だかわからないけれど、その否定の声に静かに賛同していた
つららは僕の側近だから、だからどこにも行っちゃいけないんだ
と・・・・
それから僕は事ある毎につららを見るようになった
庭で掃除している姿
台所で夕餉の用意をしている姿
後輩達に側近の仕事を教えている姿
小妖怪たちと遊んでいる姿
取り持つシマへ顔を出しなにやら指示を出している姿
そんなつららをこっそりと観察しているとふと、聞き捨てなら無い会話が耳に飛び込んできた
「うふふ、つららはもういつお嫁に行っても恥ずかしくないわね」
それは一緒に台所に立つ女妖怪の何気ない一言だった
その言葉に僕はなんだか意味も無く腹が立った
その言葉は遥かな昔、同じ場所で今は亡き母が言っていた言葉だった
よもやまた同じ言葉をまた聞こうとは・・・・
僕は母が言った時とは比べ物にならないくらい腹の中に怒りの負の念が湧いた事に驚いた
なんで?あれ?母さんが言った時はここまで怒らなかったのに・・・
ナンデ?
僕はその場に立ち竦み、自身に沸いた疑問に首を傾げていた
あれから僕はさらにつららを観察するようになった
そして、僕の命令でつららには護衛に付く際には必ず僕のすぐ側にいるように命じた
最初つららはその命令に驚いていたが、渋々ながらも承諾してくれた
そしてつららは言いつけ通り僕のすぐ横を一緒に歩いていた
僕はこの久しぶりのこの環境に内心安堵していた
ずっとずっと昔当たり前のように繰り返していた日々
隣につららがいて友達がいて笑い合っていたあの日
何だか懐かしくなり思わず僕は笑っていた
「ふふ、今日は何だか嬉しそうですね」
そう言って同じように嬉しそうに笑ってくれるつららに僕は尚一層嬉しそうに笑い返した
「うん、つららが隣にいてくれるんだって思ったら何だか嬉しくなってね」
「え?」
そう僕が言うと、つららは見る間に頬を染めて真っ赤になった
「照れてる?」
からかって言う僕につららは「知りません」とつんとそっぽを向いてしまった
ああなんだか楽しい
こんなに笑ったのは何十年ぶりだろう
つらら、お前が側にいるだけでこんなに楽しくなるなんて、なんで気づかなかったんだろうな
「こういうのも何かいいな」
僕は胸の中が暖かくなっていく感覚に、このままこの時がずっと続けばいいと本気で思っていた
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