つららを側に置くようになってから、いよいよ業を煮やした鴉天狗が強行突破に出た
「リクオ様、いい加減腹をお決めになりませ!」
「だから、する気がないといっているだろう?」
しつこいなぁ〜と、嘆息する僕に鴉天狗は怒髪天と顔を真っ赤にして憤慨していた
「今日という今日はお決めになるまで梃子でもここを動きませんぞ!それに雪女」
「は、はい?」
「お前もじゃ」
「「は?」」
鴉天狗の言葉に僕とつららの声が見事にハモッた
「どういう事ですか?」
「どうもこうも、雪女もいい加減身を固めよ、子を成して一族を安心させよ」
その言葉に僕は奈落の底に突き落とされたように目の前が真っ暗になった
「ちょ、ちょっと待て、なんでつららまで見合いするんだよ!?」
僕の言葉に鴉天狗は山積みにしてあった風呂敷の中のものを取り出しながら「はあ?」と素っ頓狂な声を上げていた
「なにをおっしゃいます?雪女も年頃の娘、そろそろ結婚せんと売れ残ってしまいますぞ」
そんな事になったら、この鴉天狗一生の恥
と意味不明な事をわめき散らし始めた
「何が一生の不覚だ?別につららはいいだろ」
「なんと!雪女に一生独身でいろと?組を潰す気ですか?」
「はあ?別につららが結婚しなくたって組は潰れないだろう?」
何を言ってんだ?と大袈裟に言う鴉天狗に僕は大袈裟に溜息を吐いて見せた
そんな僕に鴉天狗はあろうことかさらに盛大な溜息で返してきた
「何を呑気なことを・・・・いいですかリクオ様、貴方は知らないでしょうが、雪女の縁談話はそりゃもう100年も前から引っ切り無しに来ているんですよ、しかもその縁談の相手は貸元はもちろんその名の通った由緒正しい家柄の者達ばかりなのです」
「え?」
そんな縁談を無碍にするわけにはいかないでしょう?という鴉天狗の言葉に僕は固まった
「雪女も知っている話ですが・・・おや本当に知らなかったのですか?」
鴉天狗は僕の反応に心底驚いた顔をしながら座敷の奥に控える雪女に視線を移した
その視線に僕もつられてつららに視線を送る
すると、びくりと面白い位に反応するつららの姿が目に写った
「つ、つらら・・・本当なの?」
恐る恐る聞く僕に、つららは俯いたままこくりと力なく頷いた
「黙っていて申し訳ありません、でもこれは私の問題ですから」
そう言いながら目の前で平伏すつららに僕は思わず怒鳴っていた
「私の問題って、じゃあ僕は知らなくても良かったって事?主なのに?お前は僕の下僕だろう?」
感情のままに怒鳴り散らす僕につららは更に小さくなって震えていた
そんな怒り心頭の僕に鴉天狗が横槍を入れてきた
「失礼ですがリクオ様、下僕とはいえこういうのは個人の自由ですぞ」
尤もな事をきっぱりと言われ僕は「うぐっ」と言葉に詰まってしまった
「で、でも!」
「青田坊や黒田坊は既に結婚してますぞ」
「うっ」
「毛倡妓は首無とでしたかな」
「・・・・・」
「周りの側近達が次々に身を固めているというのに何故雪女だけダメなのです?」
何故ですか?とずいっと身を乗り出して聞いてくる鴉天狗に、僕は大量の冷や汗を流しながらしどろもどろになってしまった
「いや、だから・・・・その」
「リクオ様」
「う・・・」
「ふう、反論が御座いませんか、では雪女の見合いは受けるという事で」
「ダメだ!」
僕の絶叫とも言える声に辺りはしーんと静まり返った
「何故ダメなのです?」
その静寂を打ち破るべく鴉天狗は静かな声で僕にまた聞き返してきた
「う・・・それは、そう雪女は側近頭で」
「青田坊も黒田坊も特攻隊長兼組頭ですぞ・・・みな多忙を極める中、これと決めた伴侶を得て今や幸せに暮らしております。おおそう言えば首無のところは早くも3人目の子供が生まれるそうですぞ」
羨ましい限りですなぁ、とこれ見よがしに僕の顔をちらりと見ながら鴉天狗は溜息なんぞを吐きやがった
「でもダメだ・・・・」
尚も引き下がらない僕に鴉天狗はやれやれと小さく嘆息していた
僕は何故かこの縁談に是と答えることができなかった
何故なのか僕にだって解らない
でもダメなんだ
黒田坊が結婚するとき
青田坊が結婚するとき
毛倡妓と首無が結婚するって僕に報告しに来てくれたとき
僕はあんなにも心の底から祝福することができたのに・・・・
つららが皆のように結婚してしまうかも知れないと分った途端、身も凍えるような悪寒が全身を駆け巡った
足元からちりちりと競り上がってくる様な
心の芯が震え上がりそうな
恐怖にも似た悪寒が全身を支配した
僕は一人になってしまう
身震いするような寒気に見舞われたとき、真っ先に浮かんだのはそんな感情だった
世界でたった独りぼっちになってしまったような
暗闇に一人取り残されてしまったような
いつか握り締めたあの真っ白い柔らかい手が二度と掴めなくなる
そう思った途端、心が震えていた
嫌だと心が叫んでいた
嫌だイヤダと幼子が駄々を捏ねるように
我ながら情けないと思ったけれど、でもそれは本心で
そしてここで承諾してはいけないと、頭のどこかで警笛のようなものが鳴り響いていた
だから一歩も譲れなかった
女々しいと
往生際が悪いと
どんな罵声を浴びせかけられても
これだけは承諾できなかった
鴉天狗は自身を睨み据える僕の視線を暫くの間じっと見つめていたが、小さく嘆息すると突然こう言ってきた
「では、リクオ様が雪女の相手を見つけなさいませ」
と・・・・
は?今なんて?僕が?この僕が?雪女の相手を・・・・・
その言葉を聞いた途端、僕は間抜けにもぽかんと口を開いたまま暫くの間その場から動けなくなってしまった
「リクオ様が雪女の相手を見つけなさいませ」
僕は鴉天狗の言葉を何度も頭の中で繰り返していた
あれから3日経った
鴉天狗から言われてあっという間に3日も経ってしまった
そして僕の部屋には鴉天狗が置いていったであろう大きな風呂敷包みが部屋の隅に置いてあった
あれからつららは僕の側に近づいて来なくなった
そりゃそうだろう
あんな剣幕で怒鳴り散らしたんだから
側にはいないが彼女の気配は感じる
多分どこかでそっと僕の護衛をしているのだろう
そう思うと何だか居た堪れない気持ちになってきた
彼女はちっとも悪くない
悪いのは僕だ
そう僕・・・・
意味もわからないイライラに流されて感情のままつららの縁談を否定してしまった
頭に昇った血が引いた今、僕は不思議なくらい冷静に3日前の事を振り返っていた
何故あんな事を言ったのか
何故良しと頷けなかったのか
見合い話は自分にも降りかかっていた事なのに
あの時はそんな事どうでもよかった
僕が見合いをすることで、もしつららが見合いせずに済むのなら何百という見合いをしても良いと思ってしまった
我ながら変な感情だ
なんであの時・・・・
僕は先程から何度も同じ自問を繰り返し何度も答えに詰まっていた
一番近い言葉で言うなら恐怖だ
彼女を失うという恐怖
結婚という一つの枠の中に彼女が入ってしまうことで僕から遠い存在になってしまうような
もう側に居てくれなくなってしまうような
そんな不安が芽生えた
でも・・・・
今だって彼女は色んな枠の中に入っている
奴良組という枠
側近頭という枠
先輩という枠
そして何よりも僕の側近としての枠
こんなにも彼女を縛る枠があるのになんでただの結婚に僕はここまで執着するのか
ふとそこまで考えてある事に気がついた
結婚ってなんだ?
結婚・・・ケッコン・・・・
結婚て言えば、そりゃ相手を見つけて一緒に暮らして朝起きて夜寝て
あんな事やこんな事をしてそれで子供ができて・・・・
そこまで考えて腹の底から何か煮えくり返るものが沸々と湧いてきた
あんな事ってなんだ?あんな事って!!
自分で考えていた事なのに、その内容に思わず自分につっ込みを入れていた
て言うか大人の事情入り過ぎだろ
そのアダルトな内容に僕は一人で憤慨していた
そして結論に達する
僕はつららに結婚して欲しくない
と・・・・・
んで?
僕はこの答えにどう対処したらいいのか困惑していた
確かにつららには結婚して欲しくない
でもなんで?と聞かれたらそれは
よく解らない
だった・・・・
なんでだろう、と袋小路になった思考に途方に暮れ、大の字になって畳の上に寝そべった
ふとその視界にあの風呂敷包みが写った
僕は徐にその風呂敷に近づくと、結び目を解いて中の一冊を手に取って見た
薄っぺらいそれは開くと中には知らない妖怪の写真が貼りつけてあった
俗に言うお見合い写真というやつだ
僕は何気無く何冊かをぱらぱらとめくっていたが、ある一冊を開いた時思わず体が凍り付いてしまった
「こ、これって・・・・」
写真を持つ手がぷるぷると震えていく
バン
僕は力の限りを込めてその表紙を閉じた
「なんで、なんでアイツがここに・・・・」
そうアイツ
僕の百鬼の一人で
組長でもあるアイツ
しょーーーうーーーえぇーーーーい!
何でアイツの写真がここにあるんだ?
僕は嫌な予感に手当たり次第にお見合い写真を確認していった
「ああ、こいつは牛鬼組の若頭・・・て補佐役のあいつまで!」
バッバッと、見合い写真が傷つくのも構わずに中を見ては投げまた中を見ては投げ
総数500部もあろうかというそのお見合い写真を全部確認した
その中に知った顔は十数人もあった
あいつら〜〜〜〜〜
僕を差し置いて何やってんだ
と、僕は胸中で憤慨していた
手に持っていた見合い写真をぐしゃりと握りつぶすと僕は叫んだ
「僕のつららを誰があいつらにやるもんかーーーーーー」
と・・・・・
へ?
ナニ今の?
僕なんて言った?
僕は自分の言った言葉にみるみる内に頬が熱くなっていくのを感じてその場で固まっていた
そして不思議な事に今まで理解不能だった感情が、まるで出来上がったパズルのように理解していく
ああ
僕は
思わず口を掌で覆っていた
顔が熱い
体が意味も無く震える
心臓が煩い
僕は
ようやく
気づいた
すーはーすーはーと何度か深呼吸する
こんな緊張は初めて告白された時以来だ
僕は柄にも無く酷く緊張していた
つい先程気づいてしまった自分の感情を確かめるべく僕は彼女の元へ行こうとしていた
だが何故かできない
思春期の少年よろしく、恥ずかしくて足が前に進まないのだ
自室の襖を目の前にして僕は棒立ちになったまま、赤くなった頬を冷まそうと何度も深呼吸していた
大丈夫、ダイジョウブ、僕はただ彼女に質問するだけ
それだけ
簡単なことだ
そう簡単な・・・・
つーかできねぇ
僕はその場に崩れ落ち頭を抱えて胸中で叫んだ
何を今更?
というか僕散々だったよね?
今頃気づいたって後の祭りじゃないか?
ていうか、つららは今までの僕を見ていてなんて思っていたんだろう
そう思った途端、僕の顔から血の気が失せた
体という体から冷たい汗が吹き出してくる
呆れられていたらどうしよう・・・・
有り得る考えに僕は部屋の中で悶々と悩んでいた
そして過去の自身の振舞に後悔の念が荒波のように押し寄せた僕の心は決心がつくまでに有に一ヶ月の月日を要した
その間、僕は殆ど家から出る事も無く都合の良い事につららと顔を合わせずに済んだ
相変わらず彼女の気配は近くにあるのだが、後悔の念が強かった僕はなかなか彼女に会に行く事ができなかった
このままじゃいけない
僕はそう直感していた
このままずるずると、いつまでも引き摺っていたらそれこそ痺れを切らせた鴉天狗がまた見合い話を持ち掛けてくることだろう
今は僕が睨みを効かせているから表だって行動していないが奴の事、水面下で何をしているか分ったものではない
僕は意を決して重い襖をそっと開いた
久しぶりに部屋から出た僕は、思ったよりも強い日差しに思わず手をかざして光を遮っていた
ふと、遠くの庭先で洗濯物を干す雪女の姿を見つけた
僕は暫くの間、久しぶりに見る彼女の姿に見惚れていた
華奢でほっそりとした肢体
さらさらと流れるような黒髪
白磁の肌
小さな額に薄っすらと汗を張り付けて労働に勤しむ姿は懐かしかった
遥か昔、僕はこうやっていつも雪女の働く姿を眺めていたっけ
懐かしい光景に思わず目を細める
気づかれないように彼女から近い縁側に移動してそこへ腰掛けると、静かに彼女の背中を見守った
昔のように
何も知らなかった幼子の時のように
飽きもせずただ真っ直ぐに
穏やかな気持ちで彼女を見守っていると、微かに歌声が聴こえてきた
「わっか〜わっか〜ふんふんふふん♪」
少し調子外れなその鼻歌は彼女から聴こえてきていた
くす
昔から変わらないその鼻歌に僕はこっそりと笑った
そうだ、彼女はいつも洗濯物を干すときはこうやって鼻歌を歌っていたっけ
懐かしい記憶に瞼を閉じる
『若、若様、そんな所登ったら危ないですよ〜』
『わか〜この悪戯坊主!!』
『若、おやつの用意ができましたよ〜』
『ふふ、若ったら』
若、わか・・・・
「どうしました三代目?」
至近距離で聞こえた過去と同じ声に思わずぱちりと瞼を開けた
「のわっ!」
視界一杯に広がる彼女の顔に思わず僕は仰け反りながら奇声を上げた
「だ、大丈夫ですか?」
見上げると心配そうな顔をしたつららの顔があった
「あ、ええっと・・・・」
僕は突然近くにいたつららに意識してしまい顔が熱くなってきた
「三代目、顔が真っ赤ですよ熱でもあるんじゃ・・・・」
そう言って慌てて僕の熱を確認しようとするつららの手を慌てて遮った
「三代目?」
「だ、大丈夫だから、そ、そのびっくりしただけ」
つららの腕を掴んだまま、わたわたと言い訳する僕につららはきょとんとした顔をしている
つららの顔がまともに見れない
自分の本心が解った今、至近距離のつららの顔は非常に心臓に悪い
直接見ることができなくて僕は視線を逸らして俯く
その仕草に勘違いしたのか、つららは少し悲しそうな声で呟いてきた
「す、すみません出過ぎた真似をしました・・・・」
そう言って僕の掌から腕を抜くとその腕を隠すようにもう片方の手で抱えた
その仕草がなんだか僕との間に壁を作られているようで
なんだか嫌で
無性に心細くなって
思わず離した腕をまた掴んでいた
「リ、リクオ様!」
つららは僕の行動に驚いたのか久しぶりに僕の名前を叫びながら目を瞠っていた
その声に僕はピクリと反応してしまい思わず彼女を見上げた
しかし今度は僕も真っ直ぐにつららの瞳を見つめる
太陽の光の下、真っ直ぐ見上げたつららの瞳はどこまでも黄金色で
その螺旋の渦巻きが不安そうに揺れていたのを見た僕は何とも言えない庇護欲に駆られた
守りたい
胸のうちに湧いた想いに僕は驚いた
可笑しいかな
僕は今までお前に守られていたのにね
昔からずっと守られ庇護されそれが当たり前だったのに
彼女への想いに気づいた僕はいつの間にか逆の想いが芽生えていたらしい
この笑顔を
この体を
この声を
全身全霊を賭けて護り抜きたい
僕はそんな想いに気づいて笑った
こんな想いは初めてだった
こんな欲は初めてだった
守りたい
そう思ったことはいままで何度もあった
でも
今まで僕が思い描いていた守ると
彼女に向ける護るとでは雲泥の差があった
仲間を守る
人を守る
そんな思いはこの100年幾度として思った事であった
そう
今まで出会ったひと達に向けたのは加護の思い
でも彼女に向けるのは
独占欲の想いだった
僕のためだけの笑顔
僕のためだけの声
僕のためだけにある躰
自分のためだけの愛護
僕は身の内から沸き起こる貧欲な欲望に正直驚いていた
僕にもこんな感情があったなんて
今まで出会った相手とは、どこか淡白な付き合いばかりをしていた
もちろん相手のことは好きだったし愛していたこともあった
しかし、これ程までに貧欲に相手を求め嫉妬し護りたいと思う相手はいなかったと思う
これ程までに恋焦がれた相手はいなかった
今までは・・・・
僕はいつの間にか、この目の前の女をどうやったら自分のものだけにできるのか
そればかりを考えるようになっていた
彼女の腕を掴む手に力が篭る
ハナシタクナイ
狂気にも似た貧欲な独占欲に僕は思わず目を瞠った
どうしよう・・・・
どうすれば
彼女ハ僕ニ振リ向イテクレルノカ?
モシ彼女ガ振リ向イテクレナカッタラ?
そんな思いに体が震えた
彼女の腕を掴む手が小刻みに震え出す
「リクオ様?」
二度目の彼女の僕を呼ぶ声に僕は小さな小さな掠れた声で呟いた
「どこにもいかないで」
僕の呟きに彼女は驚いたように目を瞠っていた
しかし、その表情もすぐに柔らかな微笑みに変えるとすっと僕の足元へ膝を折って僕を下から見上げてきた
「リクオ様、私はここにおります。未来永劫お側にいると約束したではありませんか」
そう言って慈愛に満ちた瞳で僕を見上げるつららに僕は縋るような瞳で見つめ返した
「わかってる、わかってるよつらら・・・でも・・・・」
僕は恐いんだ
つららに嫌われることが
つららに愛想をつかれることが
つららがただの側近だという事が
僕は身勝手な自分の感情に唇を噛んだ
俯く僕につららはきっと違う解釈をしたのであろう
僕の頬にその柔らかな手を添えると側近としての顔で僕にこう言った
「リクオ様は一人ぼっちじゃないですよ、他の者達はみなリクオ様を慕っております。もちろん貴方様を知る人間の方達も貴方様を慕っておいでです」
だから一人なんかじゃありません
そう言って微笑む彼女に僕はまた小さな声で呟いた
「つららは?」
「もちろん私もです」
鈍感な彼女はそう微笑んで僕に残酷な言葉を吐いた
「違う・・・・」
僕はぎりっと唇を噛み締めると、見上げるつららの瞳をぎっと睨みながら顔を上げた
「違うよつらら、僕はそんなのが欲しいんじゃない」
僕はきっと酷い顔をしている
その証拠に僕の顔を見たつららは驚いたように目を瞠って小さく声を上げていた
「僕は、僕は・・・ずっと側で僕と共に人生を歩いてくれるヒトが欲しい」
「ですからそれはいつかきっと素敵な方が現れます」
前にも聞いたそんなくだらない話をつららがまた言ってきたもんだから、僕は声を荒げてはっきり言った
「この150年僕はいろんな相手と付き合った、でも僕の一生を共に歩いてくれるヒトは誰一人としていなかった。ふっ・・・見ていたお前ならわかるだろう?」
「そ、それは・・・・」
「これから現れるって?そう、現れたんだよやっと」
「え?」
つららは僕の言葉に大袈裟なほどびくりと体を強張らせた
そして恐る恐るといった風に僕を見上げてきた
「うん、現れたんだやっと・・・・」
「それは一体」
誰ですか?と震える声で聞いてくるつららに、僕は口元をにやりと引き上げて囁くように告げた
「つらら」
と一言だけ
僕の言葉につららは固まっていた
目をこれでもかという程見開き
口をぽかんと開いて
「僕はつららがいい」
「リクオ様・・・」
続けて囁いた僕の言葉につららは固まっていた体を面白いように震わせた
そして弾ける様に顔を上げると次の瞬間僕から離れようと後ろに後退った
しかし僕から離れようとしたつららの腕を僕は離さなかった
「り、リクオ様」
離してくださいと言うつららに、僕は首を横に振った
「つらら、今更だって思ってる。最低だってわかってる。でも気づいたんだ」
「リクオ様・・・・」
「僕は、僕はお前に傍に居て欲しい。これからもずっと」
「ですから私は今でもお側に」
「そういうんじゃなくて、側近でも下僕でもないおまえ自身が欲しいんだ」
尚もはぐらかそうとするつららに、僕はじれったさを感じ彼女が逃げられないようにはっきりと告げた
「・・・ッ!!」
その言葉につららもようやく意味を解したのか、みるみる内に頬を赤く染め上げていく
その反応に少しだけ勇気が持てた僕は、さらにつららを絡め取るために言葉を紡いだ
「好きだよつらら、愛してる」
体から溢れる想いを込めて
心から沸き起こる愛情を詰め込んで
僕は優しく優しく囁いた
その愛の告白に、つららは更に顔を真っ赤にさせると、あろうことかぽろぽろと涙を溢しはじめた
ぽろぽろ
ぽろぽろ
その涙は次第に量を増し、終いにはダムが壊れる如く大決壊していた
ぼろぼろ
ぼろぼろ
「そんな、そんな」
「今さらでごめんね」
後から後から雪解けの滝のように流れ落ちる彼女の涙を、僕の指先で拭ってやりながら僕は心の底からすまないと謝る
本当に本当に情けない
いまさら気づくなんて遅いのに
いまさら伝えるなんて勝手過ぎるのに
でも・・・・
想いを伝えたかったんだ
たとえ嫌われようとも
たとえ呆れられようとも
たとえ傍に居てもらえなくても
嫌だったけど
今でも震えが止まらないほど嫌だけど
でも
伝えられて良かった
僕が生涯最初で最後の一世一代の本気の告白に、既に当たって砕けたなぁ〜と自嘲の投げやりな笑みを零していると
目の前のつららの眉がきりきりと釣り上がってきた
なんだ?って驚いている僕につららは次の瞬間今までに無いくらいの絶叫で僕に向かって言ってきた
「今さらです!本当に本当になんで今頃なんですか!?」
「え?え?つらら?」
「私だって私だってこの150年どんな気持ちでいたか・・・ずっとずっと見守ってきて、ああリクオ様は人間といつか結婚するんだなぁって諦めてたのに・・・それを今さらなんでですか!」
「あ、あの・・・つららさん?」
「ずっとずっと・・・・諦めてたのに堪えてたのに我慢してたのに秘密にしてたのに〜〜〜」
「ちょ、ちょっとつらら?」
がくがくと僕の胸倉を掴んでもの凄い剣幕で捲くし立てるつららに、僕は今までに無いくらいの彼女の畏れを感じて心底怯えてしまっていた
だから
そうだから
次の瞬間彼女の言った言葉を直ぐには理解できなかった
「私だってリクオ様のこと好きだったのに〜〜〜〜!!」
「え?」
「そうです好きでした、家長と付き合ったときも他の女性と付き合ったときも、結婚を決めそうになっていたときも・・・ずっとずっと〜〜〜・・・て、あっ!!」
そこまで叫んでつららはようやく気づいた
あれ程止まらないんじゃないかというほど流れていた涙はぴたりと止まり
声を荒げていたつららの絶叫も今は恐ろしいほど静かになっている
そして当の本人つららはというと――
これ以上ないくらい顔を真っ赤にさせて、口元に手を当てて凍り付いていた
「つらら」
「あ、あ、私なんてことを・・・・」
しまった、と自身の発言に心底慌てているつららに僕は思わず抱きついた
「ひえっ」
「はは、ははは、な〜んだ、なんだ、ふふ、ふふふ」
「あ、あの・・・こ、これは」
抱きついてきた僕に驚きながら、先程の自分の言葉を訂正するかのようにつららが口を開いたのを僕は慌てて制した
「そっか、そっか、よかった、僕もだよ、僕もつららの事が」
大好きだ
そう言って真っ赤に染まったつららの頬にちゅっと口付けすると、つららは開いていた口を噤んでしまった
そして真っ赤な顔をしたまま僕の腕の中で俯いてそれきり何も言わなかった
僕は嬉しさと愛しさでもうぐちゃぐちゃで
でも彼女を離す気なんて絶対なくて
僕は、僕の腕の中で縮こまるつららの体をぎゅうと抱き締めた
「つらら、遅くなってごめん。でももうこれで最後だから、もう気づいたから解ったから嘘なんかじゃないよ、本当に本当に自分の気持ちが解ったんだ」
だから
恥ずかしがる彼女の顔を上向かせ、まっすぐに彼女の瞳を見つめながら僕は嘘偽り無い言葉で彼女を口説いた
「だから、僕と結婚してください」
そう言って恥ずかしそうに笑う僕に、彼女は少しだけ恨めしそうな視線を寄越していたが、その直ぐ後には蕩けるような美しい笑顔で笑ってくれた
ずいぶん遠回りをした
ずいぶん待たせた
たくさん傷ついた
たくさん傷つかせてしまった
だから
だから
これからは一杯一緒に居よう
これからは一杯愛し合おう
誰よりも幸せにするよ
誰よりも幸せにしておくれ
きみで良かった
あなたで良かった
生涯最後の時を迎えるその時まで僕達は一生共にいよう
生涯最後の時を迎えるその時まで私達は一生共にいます
だから
ああだから
いままでの回り道を悔やまないで
いままでの出会いを後悔しないで
これは貴方と自分が出会うための大切な時間だったから
人も妖もみな同じ
心を持った生き物
だからこそ悩み迷い
だからこそ疑い憎しむ
だからこそ愛し合うことができる
彼らの通った道は険しかったけど
彼らの描いた軌跡は決して美しいだけのものじゃなかったけど
でもきっとその先には素敵な出会いが待っているから
だから
恐がらないで
前を向いて歩いて行こう
きっとその先には待っていてくれる人がいるから
了
おまけ→
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