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リクオの見合いから三日後
奴良家では思わぬ珍客に皆度肝を抜かれていた

「ふつつか者ではございますが……」

そう言って三つ指をついて挨拶をしてきたのは
あの見合い相手の女性だった
「取り敢えずは見習い修行ということで、よろしくお願い致します」
そう言って同時に頭を下げてきたのは今回の縁談を持ちかけてきた貸元である
世話人をも務めたこの男は、突然奴良家にやって来るや否や
「この娘がどうしてもリクオ様の元で働きたいと言うので仕方なく連れてきました」
と、やれやれと困ったような素振りをしながら事情を説明してきた
そして言うだけ言うと、こちらの返事も待たずに見合い相手の女性の肩を叩き
「それでは頑張るんだよ、くれぐれも粗相の無いように」
と、そう言って「それでは」と再度頭を下げると娘を残してさっさと帰ってしまったのだった
驚いたのはもちろん屋敷の妖怪たちの方で

一人残された娘
それを複雑な顔で見守る下僕達

暫くの間彼らの間に気まずい空気が流れた
「え、え〜と、と、とりあえず中へ……」
一人の女妖怪が、この気まずい空気を打破するべく、未だに玄関の入り口に立っている女性に向かって声をかけた
その言葉に周りの下僕達も、はっと我に返る
そしてまじまじと入り口に立つ女を見下ろした

濡羽色の長い黒髪
肌理細やかな白磁の肌
円らな瞳に長い睫毛
すっと通った鼻筋
桜の花びらの様な可憐な唇

上等な和人形のような少女が俯き加減で屋敷の入り口に立っていた
あまりにも美しいその少女に屋敷の妖怪達は「ほぉ」と感嘆の溜息を吐く
そしてまた、はっと我に返ると取り敢えずこのままにしておくわけにはいかないと
屋敷の中へその少女を招き入れるのであった





「え……あの人が?」
リクオが学校から帰って早々
出迎えた下僕の妖怪から聞いた話に、リクオは目を丸くして驚いていた
そして慌てて向かった先には――

「あ、リクオさんお帰りなさいませ」

フリルの付いた真っ白いエプロンを身に付けた見合い相手が居た
台所で夕餉の支度をする女妖怪達に混ざりながら、やって来たリクオを見つけるや嬉しそうに微笑んできた
そんな彼女にリクオはたじろぐ
なんで?という表情を顔に出しながらリクオは見合い相手の少女へと質問した
「こ、これは一体……」
どういう事ですか?と聞くリクオに
見合い相手の女性は恥ずかしそうにはにかむと
「リクオさんのお役に立ちたくて……ご迷惑でしたか?」
と、潤んだ瞳で見上げてきた
「あ、いや……そのぉ……」
これにはさすがのリクオも何と言って良いのか分からず言葉に詰まる
「こんな」とか「急に来られても」とかごにょごにょと言い淀んでいると
「すみません……ご迷惑でした、よね」
と見合い相手はぽろりと涙を零すと、そのまま台所を飛び出そうとしてきた
これにはリクオも慌てて少女を止めた
「い、いやその、び、びっくりしただけで……迷惑とは思ってないんだけ、ど……」
あたふたと慌てながら、なんとか少女を宥めようと必死になる
そんなリクオを袖の隙間から窺っていた少女はその言葉に顔を上げ
そして「本当ですか?」と今度は不安そうな顔で聞き返してきた
「え……ああ、うん」
とリクオが頷いた瞬間
「良かった」と少女は手を合わせて喜んできた
そしてくるりと台所の方を向くと――

「というわけで、リクオ様のお許しが出たので暫くの間お世話になります」

そう言って台所に居る女衆達にぺこりと頭を下げてきた
そんな少女に、遠巻きに二人の様子を窺っていた女衆達は驚いて振り返る
そして仲間同士でちらちらと視線を交し合いながら「ええ」とぎこちなく頷くのであった





「はい、リクオさんどうぞ」
「はい、リクオさんこれ、お持ちしました」
「リクオさん」
「リクオさん……」

見合い相手がやって来て早5日
覚えの良いその相手は、あっという間に奴良家の日常に溶け込んでいた
そして、リクオの身の回りの世話をあれやこれやと器用にこなしていく

朝――どの妖怪たちよりも早く起き、朝餉の支度を手伝い、その合間にリクオを起こしに来る
昼――リクオが学校へいっている間、屋敷中の掃除をし、洗濯や繕い物、果ては庭の手入れに小妖怪たちの相手、終いには初代の肩叩きなどもやってのけた
夜――学校から帰ってきたリクオを一番で出迎え、当たり前のように着替えを手伝い、夕食時は側に付いて世話を焼き、挙句の果てには晩酌まで付き合う始末

「なんか、誰かさんを見ているようだわ」
そんな目まぐるしくクルクル働く見合い相手の事を、仕事も終わり休憩と称して居間で寛いでいた毛倡妓がぽつりと呟いてきた
その言葉に、側に居た側近達も頷く
「言われてみれば、似てるな〜」
「ああ、て言うか見た目もそっくりだしな」
「おお、そうだな」
そう言って、同じく部屋の隅で休憩を取っていた雪女へ視線を向けた
「へ、私?」
じーっと、こちらをジト目で凝視する仲間達に気付いたつららが、素っ頓狂な声を上げた
「あんた……そんな、のんびりしていていいの?」
しかも湯飲みを抱えて肩を竦めるつららに、毛倡妓からそんな言葉が浴びせかけられる
その言葉に内心ドキリとしながら、つららは「え?」と、とぼけてみせた
その反応に毛倡妓は盛大な溜息を吐く
しかも、「何言ってんのこの子は?」と付いてきそうなその溜息は、周りの側近達からも聞こえてきた
「このままじゃ、リクオ様取られちゃうわよ?」
つららの心情など百戦錬磨の花魁であった毛倡妓にはお見通し
つららがとぼけられない様、名前まで挙げて指摘してきた
その言葉につららは見る間に顔色を変えていく
「な、なんで?私が……」
青くなった顔でうろたえながら、先程からこちらの様子をじっと窺っている仲間達を見回した
無数のその瞳には「誤魔化しは効かない」といった、無言の圧力が込められていた
「う……」
その視線につららは冷や汗を垂らしながら後退る
「いいのそれで?あの女はあんたの代わりをしようとしてるのよ」
そんなつららに毛倡妓はにじり寄ると真剣な顔で言ってきた
つららは毛倡妓の視線から逃れるように顔を伏せ
そして――

「だって……私の代わりなら……幾らでも居るから」

ぽつりと、小さな声で呟くように答えた
その言葉に毛倡妓は額に手を当て盛大な溜息を吐く

懸念が確信へ

「つらら、あんたの代わりはいないのよ……少なくともリクオ様にとってはね」
毛倡妓はありったけの思いを込めてつららに伝える
しかし後ろ向きなつららには、毛倡妓の言った言葉の意味が伝わらない
「あの人の方が……」
つららはぽつりとそう呟くと唇を噛み、そのまま下を向いたまま二度と顔を上げようとはしなかった





「行ってらっしゃいませ」
「あ、はい……それじゃあ行って来ます」
恒例になりつつあるその見送りに、リクオは頬を引き攣らせながら屋敷を後にした
見合い相手が押しかけるような形で屋敷に来てから早2週間
相変わらず見合い相手は良く働き
そしてリクオの身の周りの世話を良くしていた
しかし、リクオが学校に行く時はさすがの彼女も見送る他なく
その時ばかりはリクオも彼女の束縛から開放される

「ふぅ」
リクオは学校に向かう途中でほっと安堵の吐息を吐いていた
「最近お疲れみたいですね?」
そんな主を、数歩後から付いて来ていたつららが心配そうに声をかけてきた
「あ、うんちょっとね」
そんなつららに、リクオは心配をかけまいと笑顔で返す
しかし誰よりも主の事を良く知るつららは、そんな事では誤魔化されない
じっとリクオの顔を見ていたかと思ったら
「失礼します」
そう言って徐にリクオの額へ手を当ててきた
ひんやりと冷たいその感触にリクオはキョトンとつららを見つめる
目の前のつららの顔は真剣そのものだった
「少し熱がありますね」
リクオの額に触れていた手はあっという間に離れ、代わりにつららの心配そうな声が聞こえてきた
「え?」と言ってつららの熱が残る額に手をやると
その冷たい熱は直ぐに消え、いつもより高い体温が手の平に伝わってきた
確かに少し熱っぽいようだった
「ん〜、ちょっと最近疲れてたから、ね」
リクオは、つららには敵わないなぁ〜と内心で思いながら苦笑を零す
「今日は大事を取って早めに帰りましょう」
そう言って心配そうに己の顔を覗き込む側近に、リクオは何だかホッとするものを感じて笑顔になった
「うん、ごめんね心配かけて」
「何をおっしゃいます、心配するのは当たり前じゃないですか」
リクオの言葉にムキになって返すつららが、リクオは無性に愛しくなって思わずその手を取った
「リクオ様?」
冷たい手がさっと熱を帯びる
真っ白い頬が薄紅色に変わる
そんな変化をこっそりと楽しみながら、リクオは「遅刻しちゃうよ」と言うと
狼狽えるつららの手を握り締めて走り出すのであった

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