「お、雪ん子?んな所でなにやってんだ?」
あれから5分も経たないうちに、次なる生贄・・・もとい邪魔者が現れた
「!!」
つららが返事をするより先に、牛頭丸は見知らぬ悪寒に慌てて辺りを振り返った
「あんたこそ何やってんのよ?」
冷や汗を流しながら辺りを見回す牛頭丸に、つららは低い声で聞き返す
「あ、いや・・・別に」
凄まじい殺気の様なものを感じてびびったとは言えず、牛頭丸は平静を装ってつららに向き直った
「ふ〜ん」
「あ?ところでお前そんな所で何やってんだ?」
さっきのは勘違いだったと無理矢理結論付けた牛頭丸は、今度は仕切り直しにつららをからかってやろうと先程の質問を蒸し返してきた
途端つららの表情は険しくなる
「あんたには関係ないでしょ」
そう言ってぷいっと横を向いてしまった
「んだと!」
牛頭丸がつららに詰め寄ろうと一歩前に出たとき、がさりと足元に何かが当たった
「ん?なんだこれ?」
牛頭丸は足元にある固い感触の袋に視線を落とし首をかしげた
牛頭丸の指摘したものを目だけで追ったつららは、嫌そうに顔を顰めていたが
次の瞬間またしても「そうだ!」と閃いた
これを渡して早々に引き上げてもらおう
とりあえず何かやれば早く帰ってくれるだろう、と踏んだつららはその場にしゃがみ込むと、また袋の中をごそごそと漁った
そしてその中から二つ同じ箱を取り出すと
「はい」
笑顔も何も浮かべない半目のままで、牛頭丸の目の前に箱を差し出してきた
「あ?なんだこれ?」
「チョコレートよ」
「あ?」
「今日はバレンタインだから、一応アンタにもあげてやるわ」
「んな!」
上から目線のつららの態度に牛頭丸はかっと目を見開いた
「おめえ、それが人に物をやる態度かよ!」
眉間に皺をぎっしりと作って牛頭丸はつららに詰め寄った
「あれ〜?牛頭丸何してるの?」
しかしそこでタイミング良く現れた馬頭丸に出鼻を挫かれてしまった
「あ?」
不機嫌の顔のまま振り返った後ろには、トレードマークの馬の頭蓋骨を深く被った馬頭丸が立っていた
「あー、牛頭丸ー、雪女いじめちゃだめだろー、ほらそれ貰ってとっとと退散するよー!」
言うが早いか馬頭丸は、つららから二つの箱をひょいと受け取ると、牛頭丸の腕を掴んでその場を去ろうとする
「何すんだよ!」
牛頭丸は馬頭丸の腕を振り払うと睨みつけた
「いや、だからさー、ほら雪女も色々忙しいみたいだからさ」
牛頭丸の威圧に、馬頭丸は今日は何故か引かなかった
いつもならば「やめなよ牛頭〜」と情けない声を出して慌てている筈なのに
ふと、牛頭丸はいつもと違う馬頭丸に気がついた
しかも、先程から馬頭丸の口調は心なしか棒読みのような感じがする
「おい?」
どうしたんだ?と、言うより早く馬頭丸が牛頭丸の腕を取るとこそっと耳打ちしてきた
「牛頭丸、牛頭丸、今日はやばいよ!」
そう言って、こっそりと目配せする馬頭丸の視線をゆっくりと辿った牛頭丸は
次の瞬間
凍りついた
そこには――
瞳を怒りに爛々と光らせた数人の女衆たちがこちらを見ていた
「ひっ」
牛頭丸はその異様な殺気に、らしくなく上擦った声をあげて一歩後退った
「ね?」
牛頭丸の様子に、馬頭丸はそっと同意を求める
冷や汗をだらだら流していた牛頭丸は、ちらっとつららを振り返ると
「オホン、あ〜ま〜あれだ・・・・きょ、今日のところはこれで勘弁してやる」
口元を引き攣らせながら、取り敢えずの虚勢を張ってそう言うと、くるりと踵を返して足早にその場を去って行った
もちろん、牛頭丸の後に縋るように馬頭丸もその場から退散して行った
「なんだったのかしら?」
後に残されたつららは、ぽつりと呟くと不思議そうに去っていく二人を眺めていた
暫くの間静寂が訪れる
そろそろ終わるかしらと、だいぶ暗くなってきた空をつららは見上げた
夕焼け空は地平線の彼方に沈みかけ、濃紺の夜の帳へと変わる2色のグラデーションを作っている
空には金星が瞬き始め、月もだんだんとその存在を主張し始めていた
ぼんやりと空を眺めていたつららの耳に、がやがやと遠くから喧騒が聞こえてきた
聞こえてきたのは奥座敷からだ、会議がやっと終わったのだとつららは表情を綻ばせた
いざ、リクオの元へ!
と意気込んで走り出そうとした所へ
タイミング良く仲の良い側近たちが通りかかった
「お、雪女どうしたんだこんな所で?」
「え、ええちょっと」
声をかけてきたのは、首無や青田坊、黒田坊達だ
皆が皆、宴会の準備をしに来たのか大きな酒樽を抱えていた
「ん?なんだそれは?」
目敏い黒田坊がつららが胸で抱えていた箱に視線をやる
「え?」
つららはどきりとして腕の中の箱を隠すように抱き締め返した
「え、ええっと・・・・これは、そ、そう!み、みんなに渡そうと思って!」
そう言うや否や、足元に置いてあった袋をがさがさと漁り、今度は同じ色の箱を3個取り出してみんなに手渡した
「おお、そうかすまないな」
「へえ、雪女が作ったのかい?」
「拙僧にもあるのか?や、これはかたじけない」
口々にそう言って男衆達は嬉しそうにその箱を懐にしまった
「それじゃ、俺達は宴会の準備があるから」
貰うものをもらった男衆達は、ほくほくと笑顔を向けながら去って行った
「ふう・・・なんとか誤魔化せたわ」
つららは3人の去って行った廊下を見ながら額の汗を拭った
実のところ、本命チョコを渡すのはみんなに内緒にしておきたかった
まあ、女衆たちには知られてしまっているが
そこはそこ、男と女ではやはり違うというかなんというか
知られていい気はしないのが乙女心というやつで・・・・
こういった告白はこっそりと二人だけの秘密にしておきたいと、つららは思っていた
「堂々とするものじゃないしね」
予定外の緊張で熱くなった頬を冷ますように、つららは冷え始めた空に向かってぽつりと呟いた
そして
「そろそろリクオ様も出てくる頃かしら?」
と、奥座敷に続く廊下をそっと伺っていた
なんなんだ?
先程からリクオは混乱していた
ついさっきまで目の前で繰り広げられていた光景に、我が目を疑ってしまった
つららの本命は一体誰なんだ?
先程つららがチョコをあげていた男は、見ただけでも5、6人はいた
しかもその中には恋敵と呼べる奴らも含まれていて
リクオは複雑な心境で悶々と頭を抱えていた
まあ、青に黒、首無は問題外だな・・・・
何を根拠にそう結論付けたのか、リクオは消去法で本命を見つけ出そうとしていた
先程見ていた限りでは、あの3人はまとめて貰っていた
あのつららの事だ、本命にあげるチョコをそんな義理の奴らと一緒に上げるわけがないと、一人で勝手に解釈し側近3人を本命リストから外した
しかも首無は完全に除外だ、先程つららからチョコを貰った直後、毛倡妓に捕まって髪の毛で締め上げられていたのだ
女の嫉妬は恐ろしい
と、リクオは締め上げられその髪の中で落ちた首無に心の中で合掌しておいた
と、残るは猩影と牛頭丸か・・・・
この二人はやばい
完全に恋敵だ
しかし・・・・
先程のあの様子だと、猩影は他の女達の餌食になり
牛頭丸はなんだか怯えたように逃げて行っていた
果たして本命を貰った奴があんな態度をするだろうか?
リクオはそこまで考えて頭を振った
いやないな・・・・特にあの二人なら
告白された時点で手を出し兼ねない
どちらかというと、押せ押せな男二人
これ幸いと既成事実を作るに違いない
リクオは勝手な人格設定をすると、この二人も本命から除外した
持っていたノートに視線をやりながら、リクオはますますもって呻りだした
では、つららの本命は一体誰なのか?
結局、こいつら以外でつららからチョコを貰った奴など見かけていないのだ
つららは会議が始まった時からずっとあそこに立っていた
その前に渡したとすれば話は別だが、いやそれは有り得ない
何故なら、その前は夕食の準備やら宴会の準備やらで忙しくつららや女衆たちは台所から離れることなど無かったからだ
リクオはノートにペンを走らせあーでもないこ−でもないと、一人考え込んでいた
さて、なぜリクオがここまでつららの動向を事細かに把握しているのかというと
ずっと瞠っていたわけではなく、もちろん会議をサボったわけでもない
実はあの台所でつららと女衆たちの話を聞いた後、どうしてもつららの本命が気になってしまったリクオは百鬼の主という特権を最大限に利用した
監視にかけては右に出る者のいない三羽鴉たちに、今日一日つららを見張るよう命令しておいたのだった
職権乱用もここまでくると清々しい
空の警護とリクオの護衛も兼ねている三羽達には迷惑以外の何者でもないのだが・・・・
主の命令とあれば、どんなに無謀な事や下らない事でも真面目にこなすのが三羽の忠誠心といえよう
しかし、この時ばかりは真面目一徹の黒羽丸でさえ
「自分が何をやっているのかわからなくなってきた」
とぼやいていたそうだ
そんなこんなで三羽たちの協力の下、リクオはつららの行動を細かく把握し本命探索に勤しんでいるのだが、なかなかどうしてその本命とやらを探り当てることはできないでいた
まあ、当然といえば当然なのだが・・・・
よもやその本命本人がまさか自分を探しているとは露ほどにも思っていないだろう
そんなこんなで、とうとう会議も終わり後は宴会で無礼講という流れに変わる頃
上空で待機していた黒羽丸がそっとリクオの元へ降り立ってきた
「リクオ様」
「ん?どうした?」
つららに何か動きがあったのか?と黒羽丸に視線を寄越すと、何故か彼は言い辛そうに視線を彷徨わせた
「その・・・雪女がこちらに向かって来ております」
「へ?」
黒羽丸の言葉にリクオが慌てて顔を上げると
ぱたぱたと小走りでリクオの自室へ向かってくるつららが見えた
「うおっ、まずい黒羽丸隠れろ!」
「はっ!あ・・・リクオ様」
「なんだ?」
慌てて隠れようとするリクオに黒羽丸が声を掛けてきた
リクオ様はそのまま、自室でお待ちください」
「は?なんで?」
「お待ちください」
お願いしますと、黒羽丸に頭を下げられたリクオは訳も分らず自室に待機させられる形になってしまった
ぱたぱたぱたぱた
衣擦れの音と廊下を軽快に走る音が段々と近づいてくる
リクオは近づいてくるその音に、何故か緊張していた
この時になってリクオはなんとなく気づき始めていた
もしかして?
疑問が確信へと変わりそうになり、緩む頬を必死に引き締めていると
「リクオ様?」
おずおずと躊躇いがちに声が掛けられてきた
声の主は確認せずとも誰だか分っていたのだが、リクオは平静を装って問いかけた
「つららか?」
「はい、あの・・・少しお時間よろしいですか?」
控えめに訊ねてくるつららの声に、内心どきりとしながらリクオは静かに返した
「ああ、いいぜ」
リクオの返事を聞いたつららは、恐る恐るといった風に襖を開けてそっと中へと入ってきた
いつもよりもゆっくりと、おずおずと入ってくるその姿はいつもと違って見えて
恥ずかしそうに伏目がちに俯くその頬には薄っすらと桜色に染まり
いつもよりも頼りなげな歩みは儚さをさらに強調させ
月光に照らされたその姿はまるで狼に怯える小鹿のように可愛らしくリクオの瞳に映った
なんかいつもよりも・・・・
気を抜くと熱くなりそうな顔を必死で押さえ、リクオはつららの次の行動を待った
「あ、あの・・・リクオ様」
これ、そう言っておずおずと差し出された包みにリクオはゆっくりと視線を寄越した
それは
先程の男達が受け取っていたそれとは比べ物にならないくらい
豪華に包装されていた
金と銀の包装紙やリボンなどを設えたそれは、見るからに手の込んだ包装をされていた
どこからどう見ても
本命用
リクオは内心で「勝った!」とガッツポーズをした
そして、優雅な手つきでそれを受け取ると
「開けてもいいか?」
と優しい眼差しで訊ねれば
つららは真っ赤な顔をしたままこくんと頷いた
ふっと口元に笑みを作ったままリクオはその包装を丁寧に解いていく
シュルシュルと音を立てて外されたリボンが床に落ち暫くして、その全貌がリクオの目の前に晒された
そこには
I LOVE YOU リクオ様
と大きな力強い字で書かれていた
その文字を思う存分堪能したリクオはふっと顔を上げると
「ありがとうな」
そう言って艶っぽく笑みを作った
「は、はい・・・その貰って頂けて嬉しいです」
リクオの言葉を聞いたつららは嬉しさでぽろぽろと涙を零す
それをそっと袖で拭ってやりながらリクオはそっとつららの頭を己の胸の中へと引き寄せた
「今年は最高のバレンタインだ」
そう言って、リクオは静かに嬉しさを噛み締めた
了
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