「あら、もうこんな時間……里伴、六花そろそろ部屋に戻って着替えてらっしゃい」

「あ、やべ」

薄暗くなりかけた空を見上げながら母が言ってきた言葉に、里伴は何故か慌てると隣の六花から大袈裟に離れた

「じゃ、じゃあ俺部屋に戻って着替えてくる」

「ああ行ってらっしゃい気をつけるんだよ」

「お、おう」

朗らかに笑いながら息子へと手を振る父親に、その息子は複雑な表情をしながら手を挙げ急いで部屋へと向かった

「さ、六花も部屋へ行きなさい」

「はい、お父様」

先ほどの笑顔とは少しばかり違う笑顔を向けながら、父が娘へと言葉をかける

その言葉に素直に従い、六花は浅く頭を下げると静かな足取りで部屋へと向かっていった

そんな二人の子供達を微笑みながら見送った夫婦は

「もうすぐ夜だな」

「ええ、もうすぐ夜ですね」

繋いだ手と手をぎゅっと握り合いながら、ぽつりと呟き合うのであった



夕食時の奴良家の大広間はいつも大騒ぎである

大量の食事を配膳する女衆や

食事にありつこうと、わらわらと部屋へと向かう下僕達

それらが一箇所に集まるとそれはもう大変

あっちでわいわい

こっちでキャーキャー

まさに大騒ぎである

そんな騒ぎの中で一際盛大な大音量が聞こえてきた



ドゴォーン



ドガァーン



まるで大砲でも撃ったかの様なその音を、周囲の者が気にする素振りはいない



ああ、またか



とその音を聞いた者は胸中で静かに手を合わせるのであった

「くくく、相変わらずだなアイツは」

そんな暗黙の了解の中、暢気にお茶を啜る百鬼の主の姿があった

白銀の長髪をたなびかせ、上座で脇息に身を預けながら響いてくる大音響に苦笑していた

「まったく笑い事じゃありませんよリクオ様」

苦笑する主のもとへ、食前酒を持ってきた妻が溜息混じりに呟いてきた

そんな妻を隣に侍らすと、主の姿へと変わっていたリクオはまたしても苦笑する

「だってなぁ……言って聞く様な奴じゃないだろう?」

眉根を寄せて見上げる妻の顔を覗きこみながら、困ったようにそううそぶく夫に、つららも「そうですね」と諦めたように頷いた



言って聞くなら既にしている



頼みの夫のその言葉に、つららは落胆して肩を落とすと、先程の音が聞こえてきた庭に視線を向けた

そこには



ぼこぼこと空いた穴、穴、穴



これでもかと言うほど空きまくったその落とし穴に、つららはまたもや盛大な溜息を吐いた

「毎回毎回、あれ埋めるの大変なんですよ」

そんな夫婦の元へ、頬を引き攣らせた側近の一人が声をかけてきた

手には二人分の膳を持っている

リクオとつららの分だ

「あら毛倡妓ありがとう」

つららは慌てて立ち上がると、毛倡妓から膳を受け取った

「もう、身重なんだから無理しちゃダメってあれ程……」

目立ち始めた側近仲間のお腹を心配そうに見下ろしながら言うつららに、毛倡妓は「大丈夫よ」と肩を竦めてみせた

そして

「リクオ様からもよく言っておいて下さいな。毎度毎度あんな悪戯をされちゃこっちが迷惑だって」

つららの話もそこそこに、出産はいつだっけ?と暢気に聞いてくる主へと毛倡妓は溜息も露わに再度お願いしてきた

その言葉にリクオもつららも頬を引き攣らせる

「ん〜それは……」

「そう簡単には、いかないのよねぇ」

夫婦揃って肩を竦めると溜息と共にそう答えてきた

「お二人の気持ちもわかるんですけどね〜、とばっちり受けるあたし達も堪ったもんじゃないのよ」

何とも頼り無い両親達に、やれやれと毛倡妓は嘆息すると音の原因に視線を移した

穴ぼこだらけのその庭の奥――

被害を免れた枝垂桜の根元にソレ達は居た


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