さて、楽しい(?)夕食も終わり子供達の主の座争奪戦も終わり、やっと静かな時間がやって来た夜半時
夫婦揃って仲良く部屋で寛いでいると
息子が盤を持ってやって来た
「久しぶりにお手合わせ願いたいのですが?」
そう言って朗らかに笑う息子に、父も「いいぜ」と頷く
程なくして静かな一騎打ちが始まった
カチコチと時計の音が響く中
パチリ
パチン
と将棋の駒をさす音がゆっくりと響いていく
残す所あと数手
勝敗はどちらに決まるか?というところで
またしてもあの娘がやって来た
「お〜ほほほほほ、里伴お父様に勝って主の座を貰おうなんて甘過ぎますわよ!」
バーンと効果音が聞こえてきそうな登場を果たした見目麗しい娘は声高らかに宣言すると、ビシーッと弟を指差してきた
「いざ勝負!」
「いやいやいやいや」
白魚のような指先に示された弟は、片手を顔の前で左右に動かすと否と答えてきた
「今良い所なんです」
「ああ、邪魔すんな六花」
パチン、と小気味よい音を響かせながら父も首を振ってきた
そんな二人に六花はぷるぷると突き出した指を震わせる
「そんなもの……」
「ああ六花、はいこれ」
怒りも露わに将棋盤をひっくり返そうとした六花の目の前に母の笑顔が突然現れた
ぱちくりと瞳を瞬かせる六花
その目の前には出来上がったばかりの
マフラー
母お手製の縞模様のマフラーがあった
「今年の分よ、前のがだいぶくたびれていたから」
そう言って「はい」と手渡してくる母に六花の相好が崩れた
「ありがとうございます、お母様。ああやはりお母様の作ってくれたマフラーは肌に馴染みますわ」
先程の怒りは何処へやら、六花は母手製のマフラーを受け取ると嬉しそうにそう言ってきたのだった
それもその筈
六花は母をこの上なく尊敬していたのだった
六花曰く
”あの百鬼の主である父を、ただの側近であった母が誘惑し手玉に取った”
と思っているらしい
昔、両親の馴れ初め話を聞いた六花は勝手にそう解釈していた
傍から見れば実際そうに見えるのであろう
主に側近が見初められるという話は珍しい話ではない
しかし、己の母は妾ではなく本妻になった
しかも二人が夫婦になってからウン十年、今の一度も父が浮気したことなど無いのだ
その事実が六花が母を尊敬する理由であった
まあ確かにリクオはつららにべた惚れである
浮気ももちろん本当に一度も無い
しかしつららがリクオを畏でもって誘惑しているのかと言えば嘘である
『化け猫屋の猫娘達とちょっと話しただけで涙浮かべて膨れる姿が可愛いんだよな』
というのが真相で
まあ、正しく言えば『素直で初心で可愛い嫁を放っとけない』という夫のへたれっぷりのせいなのであるが
それを幸か不幸か六花は知らない
そのお陰もあって、唯我独尊、傍若無人、を貫き通す夜の六花も母の話なら聞いてくれる娘に育ってくれた
それだけが救いであった
そうでなかったら……
つららはそこまで考えて身震いした
「お母様?」
一人戦慄していたつららへ怪訝そうな声がかけられてきた
つららははっと我に返り顔を上げる
そこには不思議そうに母を見つめる六花が居た
「な、何でもないのよ六花。それより今夜は大人しくしててね、あの人も将棋で負けたからってそう簡単に主の座を譲ったりなんかしないから」
つららはちらりと、息子相手に真剣に対局する主人へと視線を向ける
そして六花には悟られないように小さく溜息を吐くのであった
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