「どうしたんだ、溜息なんて零して?」

すると、肩を落とすつららの背後から突然声が聞こえてきた

と、同時に腰にゆるやかな拘束を感じた

驚いて振り返ると、いつのまに近づいてきたのか夫の姿があった

リクオは背後からつららを抱きすくめるように腕を絡ませていた

その密着具合につららは慌てた

「ちょっ、いつの間に?」

さらに後ろを見るといつの間に決着がついていたのか、息子が将棋盤を片付けている姿が見えた

子供の前だからと、夫の腕から逃れようとするつらら

しかしリクオはそんなもの何処吹く風と更に体を密着させてきた

「愛しい妻が暗い顔で溜息吐いてりゃ心配になるだろう」

リクオはそう言って耳たぶへ吐息を吹きかけてきた

その行為につららは背筋をぞくりと粟立たせると、真っ赤になって抗議してきた

「や、ちょっ、子供の前でやめて下さい!」

つららは更に真っ赤になっていやいやと首を振る

何とかして逃げ出そうともがいた

その時――



ビュオォォォォォォォォォォ



器用に、寸文の狂いも無くリクオ目がけて猛吹雪が直撃してきた

密着していた筈のつららにはかすりもしないその吹雪は

しかし、一瞬早く気付いたリクオがひらりと交わしてしまった

数歩後ろへ飛退いたリクオは忌々しげにチッと舌打ちする

「俺に奇襲たぁイイ度胸じゃねぇか?」

攻撃をしてきた相手ににっと口元を吊り上げる

リクオの睨み据える視線の先には――



六花



目に入れても痛くは無い愛娘が父に向かって手を突き出していた

「お母様が嫌がっておいでですわよ」

百鬼の主である父の鋭い眼光にも怯まず六花はその口元に微笑を称えながら言ってきた

その姿にリクオは愉しそうに笑う

「ほお、言うじゃねえか?」

「お父様こそ時と場所をお考えあそばせ」

バチリ

と、二人の間に火花が散った



ああああああ、またこうなるのねぇ〜〜〜〜〜



そんな二人を遠巻きに見ていたつららは頭を抱える

きょうだいの強襲の次は親子の喧嘩なの?と

毎度の事とはいえ、つららはその殺伐とした光景に盛大に溜息を吐いた

いつもこうなのだ

いつもいつも

気がつくと何故か親子で取り合いを始めてしまう

何を?

と聞かれれば非常に言い辛い……いや、言いたくない内容なのだが

何故かリクオと六花は自分を取り合うのだ

親子の取り合いの中心人物へとなってしまっているつららは、勘弁してぇとまたしても肩を落としていた

そしてちらり、と期待するだけ無駄なのだが、しかしこの状況を何とかしたくて期待を込めて睨み合う二人の背後に視線を送る

しかし、視線を送った相手は呑気にもどこから出してきたのか茶を啜っていた



本当に将来大物になるわあの子……



座布団に座り縁側で日向ぼっこをする年寄りよろしく優雅に茶を啜る息子へ恨めしそうな視線を送る

「助けてちょうだい、里伴」

無駄だとは思うけど、という胸中の呟きは伏せて頼んでみた

すると息子はやれやれと肩を竦めて立ち上がった

そして未だに睨み合ったまま微動だにしない二人へと不意に近づき

「あ〜父上に姉上、喧嘩はよくありませんよ」

朗らかに笑いながら二人へと声をかけた里伴は……



「おだまり!」

ちゅどーーーーーーーーーん

姉の鉄拳で空の星へとなった

「ああああああ、里伴〜〜〜〜〜〜」

あまりにも早い息子の退場につららは涙を流しながら里伴の飛んでいった空へと手を差し伸べる

そして今夜もまた娘と父親の大人気ない母争奪戦が繰り広げられるのだった



どがーん



バキィ



部屋のあちこちが壊されていく中

放心状態のつららの耳にまたしても呑気な声が聞こえてきた

「ははははは、母上僕には無理でした」

見ると、あちこち擦り傷だらけになった息子が隣に帰って来ていた

いつの間に?という疑問は置いといて

息子はなんとも朗らかに笑いながら申し訳なさそうに額をぺしりと叩いてそう言ってきたのだった



はぁ……



つららは胸中で溜息を吐く

頑丈なのは父譲り

しかものらりくらりと、まさにぬらりひょんの血を受継いだ息子はたぶん本気のほの字も出していないのであろう

擦り傷きり傷は多少あったが大したダメージを受けていなさそうな息子にジト目になる

目の前の息子の方が、娘よりも一枚も二枚も上手なのではないかと思えてしまう

しかも夜の姿になった息子はその物腰の柔らかさとは裏腹に性質が悪いのではないかと冷やりとした

そしてまた溜息を吐いた



兎にも角にも

毎度毎度毎度毎度

いい加減にして欲しいと、睨み合う親子と、呑気に茶を啜る息子へ、届かない切実な願いを今夜もまた吐き続けるのであった


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