「・・・・・・」
朝の爽やかな通学路を、リクオは暗い表情で歩いていた
リクオとは裏腹に明るい笑顔で背後を付いて来るのは
いつもの護衛役の二人だった
しかしその姿はいつもとは決定的に違っていた
にこにこと爽やかな笑顔をその美麗な顔に乗せて付いて来るのは、男子高校生に扮した氷麗だった
男の氷麗もやはり学校では5本指に入るらしく、その人気も女のつららと同じくものすごい人気らしい
氷麗はいいのだ氷麗は
それよりも何よりも、問題なのはアレだった
そう、にこにこと笑顔を撒き散らす氷麗の横
リクオの後で巨大な影を作るその存在
う、後ろを振り向けない……
その強烈な存在感にリクオは冷や汗を流した
リクオの背後
氷麗と同じ護衛の一人
長い黒髪に際どいラインのミニスカート
背後から巨大な畏を振りまくその娘は――
女子高校生に扮した青田坊だった
「リクオ様、今日もおつとめがんばりましょうね♥」
語尾にハートマークを付けて可愛らしく首を傾げて言ってきた青田坊にリクオは鳥肌が立った
長い黒髪のドレッドヘアー
袖から覗くムキムキの上腕二頭筋
はち切れそうな胸元
ぎりぎりの見えそうで見たくない屈強な太もも
うっふんとハートマークの畏を振りまく乙女なその姿は、はっきり言って正直キツイ
「は、はは、あははははは〜〜」
もう訳がわからないと引き攣った笑みを浮かべるリクオを見て、背後の側近達は「今日のリクオ様はなんだか楽しそうだな」と嬉しそうに笑い合っているのだった
そして学校へと辿り着いたリクオは、朝のダメージも回復しないうちに第二の関門を開こうとしていた
目の前には教室のドア
リクオはごくりと生唾を飲み込むと、恐る恐る教室のドアを開けた
しかし、そこは以前のような普通の光景であった
クラスメート達は男女逆転していなかったのだ
カナちゃんはカナちゃんで
清継君は清継君で
巻さんも鳥居さんも島君も
みんないつも通りのみんなだった
リクオはその事に心の底から安堵し、涙を流して喜んだ
そんなリクオを清十字団の面々は怪訝そうな顔で見ていた
屋敷の妖怪たちが男女逆転してしまった事を覗いて、リクオの日常は問題なく普通に過ぎて行った
朝、いつものように氷麗が起こしに来て
そしていつものように学校へと通う
しかし
何かが物足りなかった
なにがどう足りないのかと聞かれたら説明できないのだが
こう、なにかしっくりこないのだ
「う〜ん、やっぱり男女逆転が堪えてるのかな〜?」
最近ではだいぶ見慣れてきた光景に(一部は慣れないが)リクオは溜息を零した
相手がいつもと違う性別だと、なんだかやりづらいのが正直な本音で
みんな良くやってくれてはいるんだけど……
こうも勝手が違うとやりづらくて適わない
毎朝起こしに来る氷麗なんか、そのまま部屋に残って僕の着替えの手伝いまでするし
ホストやってる毛倡妓なんか毎朝酒の匂いぷんぷんさせて僕に絡んでくるし
しかもそんな毛倡妓を飲めない首無がなんか怒ってるし
そもそも性別が逆転してると、おちおち風呂なんかも入っていられやしない
この前なんて小妖怪達が入っている声が聞こえたから、ついいつもの癖で一緒に入ろうとして中に入ったら悲鳴を上げられてしまった
まあ今は皆女なんだから僕が悪いんだけど……
リクオは最近起きた不幸な出来事を思い出し段々と落ち込んでいった
「はぁ、一番問題なのは氷麗だよ」
リクオは今一番やっかいな相手に愚痴をこぼし始めた
「だいだい僕より背が高いってどういう事だよ、いつも僕を見下ろして……夜の姿になっても目線は同じだし。しかも、あんな姿の氷麗じゃ晩酌だって頼めやしない」
男の氷麗は男の自分が言うのもなんだが、それはそれは格好良かった
さらりと艶のある黒髪に
憂いのある眼差し
人を引き寄せてやまない色気
そして何よりも
ドジがない
そう、まったく全然ドジがないのだ
いつも落ち着いていて、物腰柔らかで、仕事もそつなくこなす
百鬼夜行に加えれば一騎当千の働きをし、他のシマの妖怪たちにも一目置かれる存在
それがこの世界の氷麗だった
女のつららを知っているリクオにとってそれは衝撃だった
そしてそんな氷麗を見る度に物足りなさを感じていった
「つららに会いたいな」
ぽつりと出た言葉に思わず両手で口を塞ぐ
そして慌てて辺りを見回し誰もいなかったことに心の底から安堵した
「僕、いったい何を……」
己の口から零れた科白に真っ赤になりながらリクオは誤魔化すように顔を何度も振るのだった
そして、変化は急に訪れた
リクオの体に異変が起きたのだ
早朝、体の痛みにリクオが起きると、突然体中からありえない音が聞こえ出した
体中の骨が軋みボキボキと悲鳴を上げる
思わず抑えた胸に違和感を覚えて見ると、少しだけ胸が膨らんでいた
これってもしかして……女になろうとしてる?
己の体をまじまじと見ると、心なしか体のラインが丸くなっているように思えた
その間にも骨の変化は進んでいく
その度に体中に激痛が走り、リクオは苦痛に顔を歪ませた
その間にも進行は進み、今度はリクオの髪が伸び始めた
しゅるしゅると長くなっていく己の髪を見てリクオはぎょっとする
「ほ、本当に女になろうとしているんだ……」
その事実に愕然となった
その時――
ボキリ
一際大きな骨の軋む音が聞こえたとき、リクオはあまりの痛みに悲鳴を上げた
「リクオ様!!」
「氷……麗」
僕が……僕が女になれば氷麗と……
リクオの悲鳴を聞きつけ驚いて駆けつけて来た氷麗を見て、リクオは何故かそう思った
そして転がるように部屋へと入ってきた氷麗に抱きかかえられ、「リクオ様、リクオ様」と必死に名を呼ばれる中、リクオは意識を手放したのだった
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