カタン カタタン
なんだこの乗り物は?
黒田坊は本気でそう思っていた
鳥居に連れられてやって来たアトラクションに数十分も待たされた挙句乗り込んでみたのだが
この鉄の箱の乗り物に黒田坊は内心首を傾げていた
この体中の自由を奪う鉄の拘束具とこのなんともゆっくりな動き
こんなモノに乗って何が楽しいんだ?
と、ちっとも楽しそうには見えない乗り物に、人間とはつくづく不思議な生き物だなぁと黒田坊は感心していた
すると亀のように遅いスピードでレールの上を昇っていた鉄の塊が、突然ガクンと派手な音を立てて止まってしまった
故障か?と黒田坊が内心冷やりとしていると
轟
突然ものすごい音を上げて動き出した
「きゃーーー」
「☆△?%&#○!!」
可愛らしい悲鳴が上がるその横で、声にならない声も上がる
顔面に当たる突風
体には何かに押しつぶされているような圧迫感
落下と浮遊
その二つを何度も味わわされ、しかも挙句の果てには回転まで加わり
黒田坊は一瞬にしてパニックに陥った
な……
なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??
黒田坊たちが乗り込んだのはこの遊園地の目玉アトラクション
『大絶叫ジェットコースター 有象無象』であった
そして
ぐるんぐるんと弧を描いて滑走するジェットコースターに黒田坊の悲鳴が木霊していった
酷い目に合った……
ようやく終わった鉄の箱の乗り物に黒田坊は内心でつっ込みを入れていた
気がついた時には終わっていた
というか途中で気絶していたらしく気がついた時は隣にいた鳥居に起こされていた
なんたる不始末
なんたる姿
黒田坊は特攻隊長でもある己の醜態を顔から火が出るほど恥ずかしく思っていた
奴良組の特攻隊長である私が……
人間が作った乗り物に乗って気絶したことが悔しいのか
はたまた一緒に乗った鳥居が平気だった事に男としてのプライドが傷ついたのか
黒田坊はベンチに座ったままがくりと両手を突いて項垂れていた
「だ、大丈夫ですか?」
そこへ、ジュースを買ってきた鳥居が心配そうに駆けつけてきた
項垂れる黒田坊を上から覗き込んでいる
少し猫目のくりくりとした大きな瞳に気づいた黒田坊は慌てて座り直した
「あ、いや、その拙僧……ゴホン、わ、私はだ、大丈夫だ……です」
昨夜、リクオに指摘された言葉遣いを所々直しながら黒田坊は目の前の少女に返事をした
「そうですか」
その言葉に鳥居はほっと安堵の息をつくと、黒田坊の隣へと座る
「はい」
「あ、ああ…ありがとう」
黒田坊は躊躇いがちに鳥居が買って来てくれたジュースを受け取った
あまり使い慣れないそのプラスチックの容器に一瞬躊躇ったが、隣の少女に習い同じように口をつけてみた
小さな丸い容器の口から冷たい炭酸が喉を潤していく
初めて飲む『こーら』という飲み物に一瞬驚いたがしかし思ったよりも口当たりがよい事に黒田坊はそのままごくごくと飲み干していった
そんな黒田坊を盗み見ながら鳥居は嬉しそうに微笑む
そして、暫くの間ジュースを飲む音だけがその場所に響いていた
暫くベンチでぼおっとしていると、ふと隣から視線を感じた
思わず振り向くと黒目がちな大きな瞳と目が合った
目が合った途端、大きな瞳の持ち主に勢い良く視線を逸らされた
その行動に若干ちくりと胸の辺りが痛んだが、黒田坊は平静を装い下を向いてしまった鳥居に声を掛けてみた
「どうした?何か私の顔についていたのか?」
極力咎めた口調にならないよう優しく言ったつもりだった
しかし、声を掛けられた少女はわかる位に動揺し
肩をビクリと震わせ、ぽっと頬を染めながらこちらを見上げてきた
恐る恐る見上げてくるその顔をまるで小動物のようだと思った
「あ、あの……その、きょ、今日はなんか違うなって思って」
そう内心で思っていると鳥居がポツリと呟いてきた
最初何を言われたのか分らなかった黒田坊はキョトンと首を傾げる
大の大人が
しかも長髪の美形に十分入るその男が
少女のような可愛らしい仕草をする姿はある意味貴重だ
そんな姿を見てしまった少女は、別の意味で頬を再度染めながら恐る恐る口を開いてきた
「そ、その……な、なんかカッコイイなって」
言った途端、鳥居は顔を真っ赤に染めてまた下を向いてしまった
そんな少女の仕草に黒田坊はきょとんとしていた顔を一変した
「そ、そんなことは……」
こちらも、かあぁと頬を染めながらわたわたと言い返す
そんな黒田坊をちらりと見上げながら鳥居は言い訳をするかのように答えてきた
「い、いつもはお坊さんの格好してるからなんか新鮮だなって」
最初見た時わからなかった
街で偶然会って
強引に誘って無理矢理プリクラまで撮らせてもらって
挙句の果てにはデートの約束までこじつけてしまった
そして今日初めて私服姿の彼を見た時
トキメイテしまった
何だか良くわからないけど、いつもの真っ黒なあのお坊様の姿よりこっちの方が似合ってると思ってしまった
黒よりも明るい色の方が似合うんじゃないかと
この人は暗い場所より賑やかで楽しい場所が似合うんじゃないかと
それが自然だと思ってしまった
いつも仲間に囲まれて
いつも楽しそうに笑ってる
そんな場所が似合うのだと
漠然とだがそう思った
しかも見た目より絶対若いわよね
鳥居はそう胸中で呟きながらちらりと隣の黒田坊を盗み見た
自分の髪よりも何十倍も綺麗な黒髪
肌理の細かい肌
いつも閉じられている瞳は実は切れ長でとても澄んでいる
すらりと伸びた背
広い肩幅
大きな手
いつもは大きな笠と装束で見えない彼の姿が今日はよく見えた
うん、やっぱりカッコイイ
十分美形の部類に入るその顔を見上げながら鳥居は胸中で頷く
「夏美、夏美?」
鳥居が脳内であれこれと考え耽っていると黒田坊に名を呼ばれた
耳に心地の良い低いその声で呼ばれる自分の名はまた格別で……
「はっ!あぶないあぶない……」
「だ、大丈夫か?何が危ない?」
脳内トリップしかけていた鳥居は寸での所で目覚め激しく頭を振る
そんな鳥居を黒田坊は心配そうな顔で覗き込んできた
至近距離で見つめてくるその秀麗な顔に鳥居は思わず仰け反ってしまう
「あ、いえ、え〜となんでも、何でもないです!」
まさか黒田坊の顔と声に見惚れていたなどと本当の事も言えず
赤くなった頬を隠すように俯きながら必死に首を振るのが精一杯だった
そんな挙動不審な鳥居を訝しく思いながらも、しかし何事も無ければそれで良いと黒田坊は黙殺した
「さて、次は何処へ行こうか?」
十分休憩は取った
平衡感覚を失っていた頭と体はようやく正常になった
せっかく彼女が誘ってくれた『遊園地』
まだ一つしか楽しんでいない
ならば己がやる事は一つ
と、隣でいまだ顔を赤くして項垂れる鳥居に黒田坊は極力明るい声で話しかけた
ばさりと鳥居の方へパンフレットを広げてみせる
「え?あ、はい!」
途端彼女は嬉しそうにぱあぁ、と顔を輝かせて笑ってくれた
その笑顔に黒田坊も嬉しくなる
そして――
鳥居の配慮で、黒田坊も乗れるアトラクションへと向かっていった
「う〜ん、なんだかとってもいい感じですね〜リクオ様〜♪」
一方その頃
相変わらず建物の影で二人の様子を伺っていたリクオは
「つらら、何気に楽しんでるね……」
背後で馬の乗り物に乗ってくるくると回るつららをジト目で見ていた
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