「力を与える方法、それはあの人……リクオさんと交わることよ」



そう言ってキミヨは妖艶に笑ってみせた

その笑みは人間よりも妖怪に近いそれで

しかしつららはそんな事よりも、先程キミヨが言った科白が耳に焼き付いて仕方がなかった



あの人と交わる

主と交わる

リクオ様と……



そこまで考えてぼっと顔が真っ赤になった



それって、それってぇぇぇぇぇ〜〜!!



ようやく理解したその答えに、つららは動揺する

赤くなった頬を押さえ、あわあわしながらキミヨを見上げた

「ふふ、恥ずかしがる事じゃないわ、簡単な事でしょう夫婦なら」

キミヨはそんなつららの反応を満足そうに眺めながらそう付け加えてきた



夫婦



その言葉につららの胸が、つきりと痛んだ

つららは思わずキミヨを見上げた

見上げた相手はつららを見下ろしながら微笑んでいた

悠然と見下すように

まるで勝ち誇ったかのように

その瞬間、理解してしまった……己の立場を



妻になるべくして此処へ赴いた女と

下僕として昔から此処に居る女と



どちらがより有利であるか

それは火を見るよりも明らかで……



先に視線を外したのはつららであった

「仕事がありますので」

つららはそう言うと、キミヨの脇を逃げるように走り抜けて行った



「つらら、つらら」

「え?」

名を呼ばれながら肩を揺すられて、つららははっと我に返った

呼ばれた方を見上げると、心配そうな主の顔があった

つららは主を差し置いて暫く考えに耽ってしまっていたらしい

手に持っていた徳利は既に氷水のように冷たくなっていた

「あ、す、すみません……私としたことが」

つららは慌ててそう言うと、新しい燗を作り直して来ようと立ち上がろうとした

が……

「……リクオ様?」

立ち上がろうとしたつららの腕をリクオが掴みその動きを遮ってきたのであった

掴まれた腕が、じん、と焼け付くような熱を感じながら、つららは不思議そうに首を傾げた

キョトンと見上げるつららをリクオは見下ろしながら静かな声で言ってきた

「酒はもういい、それより……眠くなっちまった」



寝床作ってくれ



リクオはそう言うと、細い腕を掴む手に少しだけ力を込めた

きゅっと込められたその拘束に、つららは知らず心を震わせる



そう言ってきた主の言葉の意味は理解した

そう言って力を込めた掌の熱の意味は解らなかった

その縋るような熱い視線の意味は判りかねた



勘違いしてはダメ



自分に都合の良いように思ってしまう心を叱咤する



勘違いしてはダメ

勘違いしてはダメ

勘違いしてはダメ



つららは胸中で頭を振る



これは

そう

いつものこと



いつもより甘い声も

いつもより熱い掌も

いつもより熱い視線も



全部全部勘違いだから

だから……



「リクオさん、就寝の準備ができましたわよ」



胸中で必死に己の心に首を振るつららの耳に、その思いを奈落に落とす声が聞こえてきた

驚いて振り返ると、直ぐ側にキミヨが立っていた

あの天女のような微笑をその美しい顔に張り付かせながら

つららと

リクオを見下ろしていた



ぞくり



向けられたその視線に肌が粟立つ

ひしひしと伝わってくるその感情に、つららの体は知らず強張る

これは、自分が良く知っているモノだった

そう、良く知っている

ついこの間まで自分も彼女に向けていたモノだ



嫉妬



最近になって強く心に浮かぶようになったその感情

しかし彼女のそれは、つららのものより何倍も激しかった

強いて言えば



憎悪



憎まれている?と錯覚さえしてしまいそうなその視線につららは知らず視線を逸らした

「あ、ああ、悪いな……そんな事までしてもらって」

「いいえ、好きでしてることですから」

急に俯いてしまった側近頭をリクオは気にしながら、突然現れた見合い相手に礼を述べる

そんなリクオにキミヨはさらに笑みを深めるとそう言ってきた

そして

「さ、もう遅いですからお部屋へお戻り下さい、明日も学校でしたわよね?」

「あ、ああ……じゃあ、後はつららに……」

任せるから、そう続けようとしたリクオの言葉をキミヨが遮ってきた

「あら、雪女さんはお加減がよろしくないようですわ、まあ真っ青じゃないですか!」

口元に手をやって大袈裟に驚く女に、リクオはこの時初めてつららの様子に気付いた

見れば本当に真っ青な顔をしている

「おい、つらら大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

リクオはぎょっとしてつららの顔を覗き込むと声をかけた

すると、つららはリクオの声に我に返ったのか、ふらつく足で立ち上がろうとしてきた

「おい、本当に大丈夫か?」

ふらりとよろめくつららの体を支えてやりながら、リクオも一緒に立ち上がる

そして当たり前のようにつららを部屋へと送ろうとしたリクオを、キミヨが引き止めてきた

「雪女さんは私が部屋までお送りしますわ、リクオさんはお部屋へ戻っていて下さいな」

「しかし……」

尚も渋るリクオにキミヨはにこりと笑みを零すと

「こんな遅くに殿方が女性の部屋を訪れるのはどうかと思いますわ」

リクオにとって踏み止まらざる負えない一言を呟いてきた

さすがのリクオもこの言葉に「うぐっ」と言葉に詰まってしまった

それを了承と取ったキミヨは、リクオの腕からつららを受け取ろうと手を伸ばしてきた

その動作にリクオは渋々ながらも素直に従う

ぐったりとしたつららを視線で気遣いながら名残惜しそうにその冷たい体を離すと

「つららを……よろしく頼む」

リクオは苦虫を噛み潰したような顔をしながらキミヨに言った

その言葉にキミヨはにっこりと頷くと、つららの肩を支えながら部屋へと向かい歩いて行ってしまった


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