と言うのが、ほんの十数分前の出来事であり
そして今に至る――
「り、リリリリリクオ様?」
つららは顔から湯気を噴き出しながら、悲鳴のような声を上げた
しかしその声に反するかのように、リクオは更につららの体をきつく抱き締める
しかも、つららの頭を片手で抱え己の胸元に押し付けている
温かい温もりと眼前に迫るリクオの体に、つららは軽いパニックに陥ってしまった
何が?こ、これは一体どんな夢の続きかしら?
以前、京都で夜のリクオに助けて貰った時に、確かこんな風に抱き寄せられていた事があった
ただし、あの時は敵の攻撃を交わすのに必死で、優しいも甘いもあったものでは無かったのだが
しかし記憶にも新しいその体制は、つららを混乱させるには十分で・・・・
夢なのではないかと、顔を真っ赤にさせて慌てふためいていた
しかし、そんなつららを他所に、リクオはその体制のまま微動だにしなかった
リクオは密着した体からつららの匂いや、冷たい体温が感じられてなんだかホッとしていた
もう少し、あともう少しだけ、とつららの体に擦り寄る
鼻腔をくすぐるつららの甘い匂いを思い切り吸い込みながら、ほぅと息を吐いた
あの時、京都でつららを助けられたのは、自分が妖怪の姿だったから
人間だったならば、もしかしたら失っていたかもしれないこの体――
鈴のように響く声
絹糸のような艶やかな髪
月を模ったような輝く瞳
そして
純粋無垢なこの魂
一歩間違えればこうやってこの腕に抱くことさえも、出来なくなっていたかもしれない
そう思うと体の底から震えが起きた
最近のリクオは、いつもこんな事ばかりを考えてしまっていた
もしあの時・・・・
そう思うと人間であるひ弱な自分がもどかしく
そして妖怪であった事にほっとした
しかしその反面、つららに最も近い己の部分に嫉妬してしまう自分が居た
完全な妖怪だったなら
もっともっと強い人間だったなら
あんな怖い目にも合わせなかったし、それに攫われることも無かったかもしれない
弱い自分が、ただ只呪わしい
否
妖怪の夜の自分が羨ましい・・・だった
これはヤキモチだ
つららと共有できる唯一の自身に対しての
しかもそれが別の意識を持っているとすれば尚更
同じ事を考え、同じ感情を持ち、もっとも深い部分で一つに繋がっている筈の自分達
だが、姿も、表現の仕方も、昼と夜とでは大分異なるとなると、まだまだ子供である自分としては思わず背伸びをしてみたくなるもの
故に、夜の自分に対抗心が芽生えた
夜と同じ事をしてみたくなった
昼の自分でも、あの時のようにこの腕の中でつららを守りたい
そして、抱きしめていたい
ささやかな願いであった
しかし、それは人間の自分にとっては大それた願いなのかもしれない
夜の自分は、人間の自分では数分と抱いている事すら出来ないこの体に、容易く触れることが出来る
そして命までをも守れる
リクオは冷たくなって悲鳴を上げ始めた己の体に舌打ちした
最後にぎゅっと力強くつららの体を抱きしめると、名残惜しそうにその体を解放してやる
「リクオ様?」
拷問のような甘い抱擁からやっと解放されたつららは、赤い顔のまま恐る恐る主の顔を見上げた
恥ずかしさのせいか、瞳が少し潤んでいる
その可愛らしい仕草にリクオは理性がぐらりと揺らいだが、そこは何とかもたせてつららに向かってにこりと笑みを向けた
「今はまだこの位で我慢しとかないと・・・」
無いものねだりしてもしょうがないしね、と一人納得した顔でリクオは頷くと
「それじゃあ」
「あ、リクオ様!」
つららの呼び止める声を無視し、くるりと踵を返すとスタスタと去って行ってしまった
そして、その場に残されたつららはというと――
今のは何だったのかしら・・・と、主の取った言動もその意味も全くもって理解できないまま、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた
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