「楽しかったですねー、若」
「ん・・・そうだね。でも、何も買わなくて良かったの?」
「別に、なくても困らない物ですからね」
嬉しそうに歩くつららを見ながら、リクオも穏やかな気持ちで帰路を歩んでいた。今朝からの気まずさはどこへやら・・・穏やかにつららと歩む夕暮れの道が、ひどく心地良かった。
楽しげに揺れる、長い黒髪を流した背を見る。ふと、昨晩決意した想いが蘇ってきた。
―――彼女のことを、全て知りたいという、想い
『好きなやつがいる』と知ったときの、自分の気持ちは形容し難いものだった。何も言葉が出ず、ただ頬を染め俯く彼女を見て、自分の中に黒くどろりとした質感のものが、流れた気がした。気付けば彼女に似合うアクセサリーを見繕っていて・・・おそらく例え彼女が誰を思っていようとも、自分のものだと主張するような物が、欲しかったのだろう。まるでそれが、駄々っ子のようだと分かっていても、それならそれでいいと、開き直ってしまう心持ちだった。
前を歩く、つららを見る。本当は、リクオにはもう一つ、彼女に問いたいことがあった。
「ねえ、つらら」
「はい?」
つららが、立ち止ってリクオを振り返った。無邪気な笑顔がリクオに向けられ、それにわずかに、尋ねることを躊躇した。なぜかは分からない・・・しかし、答えを聞くのが少し怖いと、思った。
それでも、リクオは尋ねた。彼女の瞳を、真っ直ぐに見て。
「あのさ・・・つららは、どうして・・・僕を、守ってくれるの?」
主だから?
祖父の命令だから?
ずっと育ててきた、弟のような存在だから?
様々なつららの答えが頭に浮かぶが、そのどれもが、自分の望むものとは違っている気がした。
つららは、少し小首を傾げ、不思議そうにリクオを見た。ひょっとすると、彼女にとってはもう当たり前のこと過ぎることなのかもしれなかった。それでも、リクオは彼女からの明確な回答が欲しいと、思ったのだ。
「・・・知りたいんですか?」
「うん」
リクオが頷くと、つららは「そうですねー」と少し考えるようにしてから、口を開いた。
「それはですね、リクオ様・・・」
そのとき―――つららは、ふわりと笑った。
夕陽の紅い風が吹き過ぎて、彼女の長い黒髪を乱していく。
彼女はそっと、人差し指を唇に当てて―――囁く様に、言葉を紡いだ
「ないしょ、です」
謎めいた、笑みを残して
ぞくり、と、皮膚が粟立つ。
少女だと思っていた彼女は、いつの間にか『女』になっていた。
夕陽に紅く照らされ微笑む彼女は、艶と畏を纏い、リクオの息が詰まる。
彼女は、囁きを続けた。
「なぜ、ないしょなのか・・・分からないでしょう?リクオ様」
少し、離れた場所に立つ彼女
「分かるまでは、ないしょです」
夕陽の赤に負けない、黄の煌きを瞳に宿して
「だめですよ・・・そんなに簡単に、他の心が分かると、思っては」
涼やかな声を残す、艶めいたその唇に
自分は彼女の畏れに呑まれたのだと、思った―――
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