そして、先程の騒動から数分後――

三代目奴良リクオの自室



「リクオ様」

「うおっ!お前いつの間に?」

つららの部屋から逃げてきたリクオは、そおっと自室の襖を開けて中に入ろうとした所、突然横から名を呼ばれ、思わず振り向いたその先に予期せぬ人物が居た事に驚き上擦った声を上げた

驚いて目を見開くリクオの視線の先には――



眉間に皺を寄せ腕を組んで仁王立ちをしている首無がいた



「さっきの騒ぎは、やはりリクオ様でしたか」

首無の低い声に「うっ」とリクオは一瞬怯む

その隙を逃さず首無は更に畳み掛けるように言ってきた

「まったく・・・毎度毎度、何をやっていらっしゃるんです?側近の、しかも雪女の部屋に夜這いに行くなど、何を考えてるんですか貴方は!?」

「しーっしーっ!!つららに聞こえたらどうすんだお前!!」

声を荒げて怒鳴る首無に、リクオは口元に人差し指を当てながら慌てて詰め寄った

鼻先が触れそうな程の至近距離で静かにしろと慌てる主に、首無は大きな溜息を一つ吐く

「大体なぜそのような事をなさるんです?」

夜伽させたいなら直接言えばよいでしょう?と首無は憮然とした表情でリクオに言う

その言葉にリクオは一瞬きょとんとした顔を見せた後、こんな事をのたまった

「はあ、そうしたら面白くねえだろうが?『夜這い』するって事に意味があんだよ」

そう言って握り拳を掲げ熱弁する主に、首無はやれやれと無い首を振った

「そうですか、あ〜はいはい私が野暮でした、恋人同士のお遊びに首をつっ込むほど無粋ではありませんからね・・・」

心底脱力した、と言わんばかりに肩を落として言う首無に、それまで黙って聞いていたリクオはまたしてもとんでも発言をぶちかます

「は?恋人?そんなもんまだなっちゃいないぜ」

「はあ?」

リクオの言葉に首無は不躾な声を上げた

「・・・て、恋人ではないのに夜這いしようとしてたんですか貴方は!!」

「おう」

「おうって・・・・」

「つららの奴、俺がどんなに好きだ、愛してるだと言っても信じてくれねぇからな」

「だ、だからって・・・」

「かの光源氏はそうやって意中の女をモノにしてたぞ?」

「それは物語です」

「いやいやいや、平安時代には当たり前だったぞ?」

「いつの時代ですか?今は平成です」

「うっ・・・」

「人間相手なら捕まりますよ普通」

「ぐっ・・・・」

「もうお止めになってくださいね」

「で、でも・・・」

「お・や・め・く・だ・さ・い・ね」

「・・・・・・・・」

「理解して頂けたようで良かったです。それではお休みくださいませ」

その端正な顔立ちに、くらーい影を落として見下ろしてくる首無の表情は、百鬼の主をも震え上がらせる程で・・・・



可愛い可愛い妹分の貞操を守る為ならば、たとえそれが己の主であっても容赦はしない



それが首無であった

ベビーフェイスに柔らかい物腰のこの男だが、キレると恐いという事実を幼少の頃よりよ〜く知り尽くしているリクオとしては、ここで引き下がるのが得策だと、すごすごと布団の中へと入っていった

大人しく布団の中に入っていった主を認めると、首無もようやく落ち着いたのか「それではお休みなさいませ」とその場に正座し深々と頭を下げて退室していく

暫くして、首無の足音が聞こえなくなった頃

布団に潜ったままのリクオはぽつりと呟いた



「だ〜れが止めるかって〜の」



ちろり、と長い舌を出し、悪戯小僧が次の悪巧みを考え付いたような顔をしてほくそ笑む



奴良リクオ



この男もまた、愛しい側近の貞操を奪うためならどんな事でもする困った主君であった


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