「ま、まだかしら?」

つららは薄暗くなり始めた空を見上げながらぽつりと呟いた

少し離れた奥座敷からは複数の話し声が聞こえてくる

今、奴良家では定例会議が行われていた

また、なんでこんな日にと思うかもしれないが

実はまあ、こんな日だからである



2月14日のバレンタイン



人間が決めた催しの筈のイベントであるのだが

やはりそこは陽気な妖怪一家

小妖怪も貸元もその側近達も、男と分類される妖怪達はみな年に一度、女達から貰える甘い菓子を楽しみにしていた

そのため、この日ばかりは口煩い貸元たちもみな大人しくしており、定例会議は滞りなく進み早い時間にお開きになる

そしてなし崩しのようにそのまま貸元を交えた宴会へと変わるのだ



そんな期待と不安が入り乱れる部屋から少し離れた縁側で

つららが会議が終わるのを今か今かと待ち侘びていた

待つのはもちろん愛しいあの人



奴良リクオ



今日の為に昨夜からせっせと作った甲斐あって、その出来栄えは満足のいくものに仕上がっていた

大事そうに抱き締める腕の中のモノにつららは恥ずかしそうに笑みを零す

ふと、廊下の先に見知った影が動くのが見えた

「あ、猩影君!」

つららは久方振りに合う狒々組の若き当主を認めると、嬉しそうに声をかけた

「姐さん」

猩影もつららに気づいていたのか俯いていた顔をぱっと上げると、にこりと笑みを零しながらつららの元へ足早に近づいて行った

「お久しぶりです」

「ほんと、元気にしてた?」

「はい、お蔭様で。ところで姐さんはこんな所で何してたんです?」

猩影が怪訝そうな顔で首を傾げて聞いてきたので、つららはどう答えようかと口篭った

ふと見下ろした足元に、つららは「そうだ!」と閃いた

「あ、猩影君ちょっと待って」

つららはそう言いながら足元に置いてあった大きな袋を漁りだした

「なんですかそれ?」

「うふふ、はいこれ」

そう言って満面の笑顔で猩影の目の前に差し出してきたのは紛れもない



チョコレート



可愛らしいピンクの包装紙でラッピングされたそれに猩影は目を瞠った

「え、俺にですか?」

自分自身を指で示し、つららの顔をまじまじと見下ろす猩影

つららは恥ずかしそうにこくんと頷くと、持っていた箱をさらに猩影の顔の近くに掲げた

「姐さん・・・・」

猩影とつらら

二人の間には桃色のあま〜い空気が漂う

傍から見たら告白しているようなその場面に、遠くから不穏な視線が向けられていた



「何やってんのよ〜つららったら!」

「もう、相手が違うでしょ?」

少し離れた廊下の柱から数人の女妖怪達が、やきもきしながらその様子を見守っていた

目の前にある光景に皆が皆、相手が違〜う!と小声で絶叫する

もちろんこの女衆たち、つららを焚きつけた張本人たちである

しかもその中にはちゃっかりと毛倡妓までもがいた

「んもう、義理なんて後からでいいのに!」

毛倡妓は見ていられないと、額に手を当て嘆息する

せっかくつららをその気にさせたのだから、この機会を見逃す手は無いと今回の作戦を立てた女達は、実はずっとつららの様子を柱の影から覗いていた

あともう少しで会議が終わり、リクオとご対面!

という所で、タイミング良く邪魔者が入った事に女達はそろって舌打ちしていた

「よし、こうなったら作戦Aよ!」

「OK!!」

一人の女妖怪が顎で合図を出すと、後ろの影から数人の若い女妖怪達が現れた

「ほら、あんた達行きなさい」

古参の女妖怪が、若い女妖怪達に指示すると、みなこくりと頷きつらら達のいる場所へ我先にと走り出した



「猩影様、これ受け取ってください!」

「やだ、私が先よ!」

「なによ、私が先よ」



若い女妖怪達が猩影の元に辿り着くや、その場は女同士の修羅場と化した

実はこの子達、猩影の隠れファンの子達である

つららと猩影を引き剥がすべく毛倡妓たちが用意していた

そして、わあわあ、きゃーきゃー言いながら猩影は女の子達にもみくちゃにされながら、その場から無理やり連れて行かれていった



「わーーーー姐さぁーーーーん」



「さすが猩影君、つららから貰った箱は手放さなかったわね」

敵ながらあっぱれ

女衆たちは、うんうんと狒々組組長の勇姿を称え小さく拍手していた


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