暫くの間静寂が訪れる
そろそろ終わるかしらと、だいぶ暗くなってきた空をつららは見上げた
夕焼け空は地平線の彼方に沈みかけ、濃紺の夜の帳へと変わる2色のグラデーションを作っている
空には金星が瞬き始め、月もだんだんとその存在を主張し始めていた
ぼんやりと空を眺めていたつららの耳に、がやがやと遠くから喧騒が聞こえてきた
聞こえてきたのは奥座敷からだ、会議がやっと終わったのだとつららは表情を綻ばせた
いざ、リクオの元へ!
と意気込んで走り出そうとした所へ
タイミング良く仲の良い側近たちが通りかかった
「お、雪女どうしたんだこんな所で?」
「え、ええちょっと」
声をかけてきたのは、首無や青田坊、黒田坊達だ
皆が皆、宴会の準備をしに来たのか大きな酒樽を抱えていた
「ん?なんだそれは?」
目敏い黒田坊がつららが胸で抱えていた箱に視線をやる
「え?」
つららはどきりとして腕の中の箱を隠すように抱き締め返した
「え、ええっと・・・・これは、そ、そう!み、みんなに渡そうと思って!」
そう言うや否や、足元に置いてあった袋をがさがさと漁り、今度は同じ色の箱を3個取り出してみんなに手渡した
「おお、そうかすまないな」
「へえ、雪女が作ったのかい?」
「拙僧にもあるのか?や、これはかたじけない」
口々にそう言って男衆達は嬉しそうにその箱を懐にしまった
「それじゃ、俺達は宴会の準備があるから」
貰うものをもらった男衆達は、ほくほくと笑顔を向けながら去って行った
「ふう・・・なんとか誤魔化せたわ」
つららは3人の去って行った廊下を見ながら額の汗を拭った
実のところ、本命チョコを渡すのはみんなに内緒にしておきたかった
まあ、女衆たちには知られてしまっているが
そこはそこ、男と女ではやはり違うというかなんというか
知られていい気はしないのが乙女心というやつで・・・・
こういった告白はこっそりと二人だけの秘密にしておきたいと、つららは思っていた
「堂々とするものじゃないしね」
予定外の緊張で熱くなった頬を冷ますように、つららは冷え始めた空に向かってぽつりと呟いた
そして
「そろそろリクオ様も出てくる頃かしら?」
と、奥座敷に続く廊下をそっと伺っていた
なんなんだ?
先程からリクオは混乱していた
ついさっきまで目の前で繰り広げられていた光景に、我が目を疑ってしまった
つららの本命は一体誰なんだ?
先程つららがチョコをあげていた男は、見ただけでも5、6人はいた
しかもその中には恋敵と呼べる奴らも含まれていて
リクオは複雑な心境で悶々と頭を抱えていた
まあ、青に黒、首無は問題外だな・・・・
何を根拠にそう結論付けたのか、リクオは消去法で本命を見つけ出そうとしていた
先程見ていた限りでは、あの3人はまとめて貰っていた
あのつららの事だ、本命にあげるチョコをそんな義理の奴らと一緒に上げるわけがないと、一人で勝手に解釈し側近3人を本命リストから外した
しかも首無は完全に除外だ、先程つららからチョコを貰った直後、毛倡妓に捕まって髪の毛で締め上げられていたのだ
女の嫉妬は恐ろしい
と、リクオは締め上げられその髪の中で落ちた首無に心の中で合掌しておいた
と、残るは猩影と牛頭丸か・・・・
この二人はやばい
完全に恋敵だ
しかし・・・・
先程のあの様子だと、猩影は他の女達の餌食になり
牛頭丸はなんだか怯えたように逃げて行っていた
果たして本命を貰った奴があんな態度をするだろうか?
リクオはそこまで考えて頭を振った
いやないな・・・・特にあの二人なら
告白された時点で手を出し兼ねない
どちらかというと、押せ押せな男二人
これ幸いと既成事実を作るに違いない
リクオは勝手な人格設定をすると、この二人も本命から除外した
持っていたノートに視線をやりながら、リクオはますますもって呻りだした
では、つららの本命は一体誰なのか?
結局、こいつら以外でつららからチョコを貰った奴など見かけていないのだ
つららは会議が始まった時からずっとあそこに立っていた
その前に渡したとすれば話は別だが、いやそれは有り得ない
何故なら、その前は夕食の準備やら宴会の準備やらで忙しくつららや女衆たちは台所から離れることなど無かったからだ
リクオはノートにペンを走らせあーでもないこ−でもないと、一人考え込んでいた
さて、なぜリクオがここまでつららの動向を事細かに把握しているのかというと
ずっと瞠っていたわけではなく、もちろん会議をサボったわけでもない
実はあの台所でつららと女衆たちの話を聞いた後、どうしてもつららの本命が気になってしまったリクオは百鬼の主という特権を最大限に利用した
監視にかけては右に出る者のいない三羽鴉たちに、今日一日つららを見張るよう命令しておいたのだった
職権乱用もここまでくると清々しい
空の警護とリクオの護衛も兼ねている三羽達には迷惑以外の何者でもないのだが・・・・
主の命令とあれば、どんなに無謀な事や下らない事でも真面目にこなすのが三羽の忠誠心といえよう
しかし、この時ばかりは真面目一徹の黒羽丸でさえ
「自分が何をやっているのかわからなくなってきた」
とぼやいていたそうだ
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