「で、こうなったわけか・・・・」
今馬頭丸が居る場所は、奴良家の大広間である
リクオと対峙するように座る馬頭丸の周りを取り囲むようにして他の妖怪たちも集まっていた
馬頭丸は今置かれている己の状況に困惑し冷や汗を流した
目の前のリクオはいつになく怖い
昼の姿であるのに夜のリクオと対峙した時のような悪寒というか恐怖の様なものを感じ、馬頭丸は更に縮こまった
「リクオ様、何事ですか?」
丁度、雑務を終えて通りかかった首無が何事かと声をかけてきた
「首無ぃ〜」
馬頭丸は天の助けとばかりに、瞳に涙をいっぱい溜めながら首無を見上げた
その顔には「助けて」とでかでかと書いてある
「ど、どうしたんだ馬頭丸?それに・・・・」
ただ事ではない馬頭丸の様子に首無は首を傾げていたが、ふと馬頭丸の側にあるものに気づくと顔色を変えた
「こ、これは・・・どういう事ですか?」
首無しがぷるぷると震えながら馬頭丸を指差す
正確には馬頭丸の首辺りなのだが・・・・
そこには――
馬頭丸の首筋にぴったりと縋りつくようにくっついているつららがいた
しかも、頬を薄っすら染めながら馬頭丸に擦り寄っている
その姿はまるで恋人に甘えるような仕草だった
「どうもこうも」
こっちが聞きたいよ・・・・とリクオは目の前の馬頭丸を睨みつけながら忌々しげに呟いた
「首無ぃ〜、あの薬飲んだらこうなちゃったんだよ〜」
馬頭丸は両手をばたばたと振り仰ぎながら必死に訴えかける
「薬?首無」
「え、あ、はい。蔵で見つけたものなのですが、確かただの栄養剤だったはず・・・この文献によれば、ほら滋養強壮、精力増強に効く薬で無味無臭、色は黄色・・で・・・」
慌てて懐に忍ばせていた蔵から見つけた文献のページをめくる首無の手が止まったかと思ったら、続いてわなわなと震えだした
次の瞬間、がばっとその場に座り込み土下座をする
「もももも、申し訳ありません!わ、わたくしとんでもない勘違いを!!」
ダラダラと溶けているのではないかというほどの冷や汗を流しながら首無はリクオに平謝りをする
「き、きいろ?黄色って・・・ぼ、僕が渡したのはピンクだったよ〜」
ええ〜と、絶叫に近い声を上げながら馬頭丸は首無に詰め寄ると、首無はまた慌てて文献を調べ始めた
「あ、あった、こ、これ・・・これによれば、同じく無味無臭の薄桃色の液体、恋慕の病に効く薬、意中の相手に飲ませれば飲ませた相手を好きになるという秘薬中のひ・・・やく・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「で?」
視線を上げると、いっそ清々しいほどの爽やかな笑顔を貼り付けたリクオの笑顔があった
「ひぃっ」
爽やかな笑顔ではあるが、何故かその笑顔が般若のように見えてしまい馬頭丸は真っ青になりながら後ず去った
その拍子に首筋にくっついていたつららもズルッと一緒に引き摺られるがそれでも離れない
そんなつららにリクオは笑顔のままピクッと頬を引き攣らせた
「首無・・・」
「はいぃぃぃぃぃっ!」
爽やかな笑顔のままリクオは首無の名を呼ぶ
ずごごごごごっという音が聞こえてきそうな畏れを背負ったリクオは正直言って怖い
首無は体中に鳥肌を立てながら慌てて返事をした
「つまり、つららは首無と馬頭丸が飲ませた怪しい秘薬のせいでこうなったわけだね?」
「は、はい!」
首無と馬頭丸は自分の名前が呼ばれた事で顔面蒼白になりながらこくこくと頷いた
「じゃあ、別につららが馬頭丸を好きになったわけじゃないんだね?」
「は、はい、その通りです、その通りです!」
「雪女が僕を?そ、そんな事あるわけ無いじゃない!!」
二人はリクオの畏れに恐怖しながら必死に頷く
その様子を冷ややかな目で見ていたリクオはすうっと瞳を細めると、恐れ慄く二人へとトドメの一言を投げかけた
「じゃあ・・・つららはいつ元に戻るの?」
と・・・・
この言葉に首無と馬頭丸は言葉に詰まった
「う・・・」と呻き声を上げだくだくと冷や汗を流している
「はっ、首無文献!文献にはなんて書いてあるの?」
希望の光を見つけたかの如く、馬頭丸は瞳を輝かせて首無に言った
首無もまた馬頭丸の助け舟に「そうだ!」と急いで文献を読み漁った
「あ、あった!こ、これによれば、恋慕の秘薬は飲ませた相手と契りを交わさない限り効果はなくなると書いてあります!」
解決策を見つけ良かった良かったと肩を抱き合う二人
しかしリクオは今だ畏れを纏ったままだった
「で?」
「へ?で・・・とは?」
「効果がなくなるのはいつなの?」
リクオの冷ややかな指摘が部屋に響いた
部屋はしんと静まり返る
みな、首無の答えを固唾を飲んで見守っていた
首無はその異様な雰囲気に緊張しながら文献のページをめくる
「え、え〜と、薬の期限は一週間です・・・・」
その言葉に一同ほおっと息を吐く
一週間、一週間経てばつららは元に戻る
その安心感から首無も馬頭丸も緊張の糸が切れたのか「はぁ」と盛大な溜息を吐いて畳の上に倒れた
しかし、リクオだけは今だ眉間に皺を寄せたまま苦渋の表情をしていた
「一週間・・・・」
そしてぽつりと搾り出すように呟いていた
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