途端、つららの瞼がばちっと開いた
「い・・つ、な、何?」
状況を把握していないつららは突然首筋に走った激痛に顔を歪めながら何が起こったのか巡視し、そして固まった
知らない男が自分の上に覆いかぶさり、あろう事か首筋に吸い付いているではないか
つららは軽いパニックに陥り覆い被さる男を振り払おうと暴れ出した
「な、何?あなた誰なの?」
「おっと、お目覚めか?」
突然暴れ出したつららを物ともせず――いやわざと起こすような事をしたのだが――肩を掴んで大人しくさせると、ずいっとその端整な顔を至近距離まで近づけてにやりと笑った
途端ぞくりとつららの背中に悪寒が走る
恐ろしいほど美しい顔立ちをしている男のその瞳に宿る残忍で凶暴な光に、つららの中で警告音が鳴り響く
危険だ、この男は危険だ
つららは直感で身の危険を感じ、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られ、男めがけて冷気を吹きかけた
「おおっと、危ない危ない」
男は間一髪、つららの冷気からひらりと逃れ、くるりと回転すると離れた場所へ着地する
「ふ・・・やるな〜、益々気に入ったぜ」
避ける一瞬、つららの冷気に当たってしまった左腕が見事に凍らされているのに気づくと、鉄鼠は嬉しそうに目を細めた
「楽しみがいがあるってもんだな〜」
くつくつと喉の奥で笑う鉄鼠のその瞳に残忍な色が浮かんだ
その途端いつでも凍らせられるように身構える
「ここはどこ?あなたは何なの?」
「さあな、俺か?俺は頼豪(らいごう)これから仲良くやろうぜ」
頼豪と名乗った男はにやにやと厭らしい笑みを張り付かせてつららを見ていた
「仲良く?何故私があなたなんかと?この縄を解きなさい!さもないと」
「さもないと、どうするんだ?」
気丈に振舞うつららに、頼豪は面白そうに笑いながら嘲るように見下ろして言った
「く・・・」
手足を縛られ閉じ込められているのは自分、分が悪いのはどこからどう見てもつららだ
己の不甲斐なさに、つららは悔しさで唇を噛み締める
「ふっ、せいぜい粋がってな、ここからは逃げられないんだからな」
そう言うとぞわり、と部屋の空気が動いた
部屋の隅、陽の当たらない暗い部分でモゾモゾと蠢くモノがある
目を凝らしてよく見ると、それは灰銀色に光るネズミ達だった
「ひっ」
その数につららは小さく悲鳴を上げる
「俺の女になるんなら自由にしてやってもいいぜ」
「なっ・・・」
男のあまりにもな科白につららは絶句する
俺の女?この男は今そう言ったの?
ようやく自分に置かれた状況を把握したつららは冷や汗を流す
しかし、この男のものになる気はさらさら無い
何としてでもここを脱出するか、あるいは・・・
そこまで考えてキッと相手を睨みつけた
「風声鶴麗」
つららの叫び声と共にゴオッと辺りに猛吹雪が巻き起こる
「なっ・・・」
鉄鼠は突然の攻撃に慌てて外へと逃げ出した
パキパキパキパキ
音を立てて小さな家が氷に包まれていった
「あのアマ・・・・」
してやられた、と端整な顔を歪ませながら舌打ちする
「ま、暫くそこでよ〜く考えるんだな、気が変わったら出してやる」
男は渋面を貼り付けたままつららに向かって叫ぶと近くにあった木に飛び移りどこかへ行ってしまった
小屋の外に男の気配がなくなると、ようやく緊張を解く
はぁ、と大きな溜息を吐きながら氷漬けになった部屋を見渡した
見たこともない部屋、どこかの山小屋なのか板張りの床に座布団が数枚置いてあるだけの殺風景な部屋だった
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