「んで、これはどういう事なんだ?」

「さ、さあ・・・・」

片眉を上げてリクオが言った言葉に、つららは頬を染めながら首を傾げた

二人は今、あの六花という姫君の家臣が用意した部屋に居た

客間用なのだろう、質素ではあるが狭すぎないその部屋には行灯やら茶器やらが用意されている

しかも、今は夜とあって部屋には布団が敷かれていた



しかも一つだけ



枕は何故か布団の上に二つ置かれていた

これでは二人一緒に寝ろと言っている様なものである

要するにそういう意味合いが込められているのであろう



あの姫さんか・・・・



リクオはあからさま過ぎるお節介に眉間にしわを寄せた

「たく、あの姫さんは・・・違うって言ってんのに」

「わ・・・私、他の部屋が無いか聞いてまいります!」

あまりにもな展開に、つららは耐えきれ無くなったのか、リクオにそう告げると脱兎の如く部屋から出て行ってしまった

後に残されたリクオはというと――



なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた





「おはよう、昨日は良く眠れたか?」

爽やかな朝の庭で、これまた爽やかに挨拶をしてきたのは、昨日会ったばかりの姫君であった

「あ、おはようございます」

庭の池の鯉をぼんやりと眺めていたつららは、慌てて振り返り深々と頭を下げた

その目元にはうっすらとくまが出来ていた

昨夜はあの後、何とか部屋をもう一つ借りられたつららは、何故かその後寝付けずに寝不足のまま一夜を過ごしてしまった

しかも奴良家にいるわけではないので、朝起きてもすることが無くふらふらと庭を散歩していたところだった

「そんなにかしこまらんでも良い良い」

姫君はかしこまって言うつららに、可笑しそうにころころと笑いながら手をひらひらさせて言った

「妾のことは六花と呼んでいいのじゃぞ」

「で、でも・・・・」

「六花と呼んで欲しいのじゃ」

「わかりました・・・では六花様」

「様なぞいらぬ、呼び捨てでよい!」

「は、はい!で、では六花」

「なんじゃ?」

無理やりつららに自分の名を呼ばせるように命じた六花は嬉しそうに返事をした

「あ、いえ・・・その・・・・」

この後なんと話を切り出せば良いのかわからないつららは、困ったように口元を隠してオロオロしていた

そんなつららを目を細めて見ていた六花だったが、思いついたように徐に口を開いた

「ふふふ、そう言えばそなたの名を聞いておらなんだ。名はなんと言うのじゃ?」

「あ、はい・・・つらら、と申します」

「ほお、つららか。妾と似ておるな」

六花はつららの名を聞くと嬉しそうに笑って言った

「え?似てるって?」

つららは意味が判らないとばかりに首を傾げて聞き返した

氷柱と六花、字も違えば字数も違う、一体何が一緒だというのだろう?

不思議そうに首を傾げるつららを見ながら六花は面白そうにくすくすと笑うと、その意味を説明し始めた

「つららも六花も冬に見られる物なのじゃ、つららは氷の柱、六花は雪の結晶じゃ」

「ああ、そういう事ですか」

つららは六花の言葉にやっと得心がいったと頷いた

六花とは雪の異称のことだ、雪の結晶は六角形であることから故人はそれを花に見立てて六花と呼んでいたらしい

「素敵なお名前ですね」

「そうか?皆は冷たい名じゃと笑うがの・・・・」

「そんな・・・」

六花の皮肉げな物言いに、つららは眉根を下げて何かを言おうと口を開いた

丁度その時、少し離れた場所から六花を呼ぶ声が聞こえてきた

「姫様、こんな所においででしたか、もう朝餉の用意ができておりますぞ」

向こうの屋敷から走ってきたのは、あの家臣であった

その後からはリクオも付いて来ていた

「わかったわかった、そう急くとも今参るぞ陸之助」

陸之助と呼ばれた家臣は六花の元へ辿り着くと、キッと眉を跳ね上げて六花を見下ろした

「姫様、お一人で出歩いてはなりませんとあれ程申したではありませぬか!」

危のうございます、と心底心配したというような顔で陸之助は言ってきた

「まったく、お前は心配性じゃのう・・・」

六花はやれやれという風に肩を竦めて見せた

「何を言います、何かあってからでは遅いのですぞ!」

「ふん、妾はあと数日もすればここから居なくなるのじゃ、それなら何かあった方がまだ良い・・・・」

六花はそう言うとぷいっと横を向いてしまった

六花の横顔は、心なしか泣いているように見えた


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