「おい、大丈夫か?」
リクオは、隣で駕篭者に運ばれる豪華な装飾をされた大名駕篭(かご)に向かって話しかけた
「はい、大丈夫です!」
すると、駕篭の中から元気な声が返ってきた
その声にリクオは溜息を零す
「お前な〜、これから鬼の所に行くんだぞ?そんなうきうきと返事する奴があるか?」
「あ、すみません。でも、リクオ様が側にいると思うと全然怖くなくて・・・」
「たく・・・・」
嬉しい言葉ではあったのだが、これからの事を考えるとリクオは複雑な気分になりやれやれと首を振った
あの後、つららは直接殿様の元へ行き、「姫様を守る」と宣言したのだった
その話を聞いた殿様は、か弱そうなつららの言葉に躊躇していたが、藁にもすがる思いであったのか暫くの間考えていたが最後にはつららの申し出を承諾してくれた
しかも、つららはあろう事か鬼の元に行くのは姫ではなく自分がやると言って来たのだ
その発言にさすがのリクオも驚き、慌てて止めに入ったのだが
時既に遅く、これ幸いと大喜びした殿様は、つららの手を取り「お願いします」と涙を流しながら頭を下げていた
しかも、鬼にばれぬ方が良いと言う殿様の助言を真に受け、つららは姫が着る予定だった衣装を身に付け意気揚々と駕篭に乗り込んでしまったのだ
平たく言えば身代わりである
まったくお人良しな・・・と相変わらずな側近に、リクオは溜息を零さずにはいられなかった
「本当にいいのかよ?これじゃあ身代わりだぞ」
「うう、すみません。リクオ様にもご迷惑をおかけしてしまって・・・・」
まったく的外れな事で謝ってくるつららに、リクオの顔が険しくなる
「そうじゃなくて、お前わかってんのか?嫁に行くんだぞ、運が悪けりゃ喰われるかもしれねえんだぞ?しかも言葉通りなら・・・・」
そこまで言ってリクオは更に不機嫌な顔になった
「リクオ様?」
突然黙ってしまったリクオに、つららは訝しげに声を掛ける
「いや、なんでもねえ。それよりとっととその鬼とやらを退治して元の場所に帰るぞ!」
「はい!」
リクオの言葉につららは嬉しそうに頷いた
やれやれ、こいつは・・・・
リクオは言いかけてやめた言葉を思い出しながら溜息を吐く
本当に言葉通りなら、お前は鬼の嫁になりに行くんだぞ、そうなったらお前は・・・
そこまで考えてリクオはぶるりと頭を振った
やめやめ!んなくだらねえ事考えてる場合じゃねえ!
リクオは気持ちを切り替えると、ちらりと駕篭の中の側近を盗み見た
その駕篭の中のつららは――
真っ白い婚礼衣装に身を包み、真剣な面持ちで前を見据えていた
ホウホウと梟の鳴き声が響く真っ暗な森の中
ひと際大きな切り株の上に大名駕篭が一つひっそりと乗せられていた
その中には白無垢に身を包んだ美しい娘がひとり
花嫁は今か今かとその時が来るのを待ち構えていた
「大丈夫、大丈夫・・・・」
つららはそう呟きながら、手にしていた繊細な装飾の施された櫛をそっと握り締めた
この櫛は六花から貰ったお守りだった
つららが身代わりになると知った六花は、血相を変えてつららの元へ飛んで来た
なんて馬鹿な真似を!と怒りながら六花はつららの身を案じ、涙を流してくれた
そして、つららの決心が固いという事を知ると、この櫛を持たせてくれたのだ
これは死んだ六花の母がお守りにと残してくれた形見なのだそうだ
最初つららは「こんな大切な物を受け取れない」と六花に返そうとしたのだが
六花は首を横に振るとこう答えた
「持っていてくれ、鬼に嫁ぐことが決まった日にこれに助けを求めていたらお前達が来たのじゃ、だからこれはお前に持っていて欲しい」
妾の母がお前を守ってくれる、とそっとつららの手に櫛を握らせたのだった
今思えば、六花のせめてものお礼なのだろうと、つららは思った
これは、鬼の元へ嫁ぐ事を受け入れ、覚悟を決めていた六花の感謝の気持ちなのだ
それこそ、母の形見を手放すくらいの
つららが駕篭に乗って屋敷を離れる時まで「どうか無事に戻ってきておくれ」と涙を流しながら祈るように言ってくれていた六花の想いがこの中に詰まっていた
その想いに応えるべく、つららはきゅっと唇を引き結ぶと静かに鬼の現れるのを待った
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