ざわざわ ざわざわ
暫くすると、目の前の木々が風も無いのに揺れ始めた
続いてズシーン、ズシーンと何か巨大なものがこちらに近づいて来る足音が聞こえてきた
ぬっと巨大な切り株に置かれた駕篭に大きな影が落ちた
木々を掻き分けそこから現れたのは――
大きな一つ目のこれまた大きな赤鬼だった
巨大な杉の木を遥かに上回るその大きさに、つららは息を飲む
ギョロリ
顔の殆どを覆う巨大な一つ目が駕篭を見下ろした
そしてゆっくりとその駕篭を持ち上げると、中を覗き込んできた
「おお〜い、俺の嫁さん出てこいや〜」
赤鬼は嬉しそうにニタリと目を三日月形にして笑うと、駕篭を開けて中に居るつららを摘み上げる
巨大な手で白無垢姿のつららを捕まえながら目の前に持ってくるとまじまじと花嫁を見つめた
つららは咄嗟に顔を袖で隠した
その行動を恐怖のためと取った鬼は面白そうに笑いながら
「くくく、怖いか?だがお前はもう俺のもんだ〜」
どうしてやるか〜、と低い声で言ってきた
その言葉に、つららはかっと身体が熱くなるのを感じた
この・・・・
つららは金色の目で鬼を見下ろす
見下ろした鬼の顔には玩具を見つけた残酷な表情しか無かった
あんな純粋な二人を・・・・
つららは己の内に沸々と湧き上がる怒りを感じながら、爛々と光る金の瞳を向けた
その瞳に先ほどまで笑っていた鬼はぎょっとする
「お、お前!あの姫じゃねえな!!」
つららの瞳を見るや、鬼は慌ててつららを振り払った
振り落とされたつららは器用に空中で一回転すると、軽い身のこなしで地面に着地する
つららが着地した場所にふわりと頭に被っていた綿帽子が落ちた
闇よりも尚暗い漆黒の髪
月を模した様な黄金色の瞳
陶器のような真っ白い肌
桜色の唇は形の良い弧を描き
その姿は見るものを惑わす毒花のような色香を放っている
美しい、美しすぎる異形の娘がそこに立っていた
てっきりあの屋敷の姫だとばかり思っていた鬼は、目の前に現れた娘に一瞬心を奪われた
そして、次の瞬間ニヤリと厭らしく笑った
「こりゃあ、いい」
くつくつと喉の奥で笑う鬼は、つららをまじまじと見下ろしていた
「あんな姫なんぞよりも、こっちの方が楽しませてくれそうだなぁ〜!」
余裕すら見せる赤鬼に、つららは眉間にしわを寄せながら睨みつけた
「お前・・・あまり私を見下さないことね・・・・」
「ほお?随分生きの良い娘だなぁ〜」
鬼はそう言いながらニタリとまた笑った
その時――
「つらら!」
ここには居ない筈の声が聞こえてきた
つららは驚いて声のした方を振り返る
そこには、血相を変えてこちらに走ってくる六花の姿があった
「六花!!」
「つらら、つらら、もう良い!もう良いのじゃ・・・妾がこの鬼の元へ行けばお前は助かる・・・・」
そう言って、つららの元へ辿り着いた六花はつららに縋り付きながら言った
「何を言ってるの?せっかく私が囮になったのに!」
意外な展開に、つららは信じられないと慌てた
そこへ、六花を追ってきた陸之助もやって来た
「姫、危のうございます!」
「離せ、陸之助!鬼よ、お前は妾が欲しいのじゃろう?妾を連れて行け!」
陸之助の腕を払いながら、六花は目の前の赤鬼に向かって叫んだ
その時――
がばり、と六花とつららの頭上に巨大な手が覆い被さってきた
つららは六花を庇いながら鬼に向かって息を吹きかけた
すると、その息はみるみるうちに冷たい吹雪となって鬼を襲う
覆い被さってきた手は見事に凍りつき、赤鬼は堪らずその手を庇いながら後退った
「き、貴様、貴様何者だ!!」
「この人達には指一本触れさせない!」
そう言って、鬼を見上げるつららの瞳は、黄金色に輝いていた
「つらら・・・そなた・・・」
つららの瞳を見ながら六花は驚き目を瞠る
「私は雪女・・・妖怪よ、だから大丈夫」
つららは少し寂しげに六花を見ながら安心させるように笑って言った
「つらら・・・」
「あの鬼は私が!下がっていなさい!!」
有無を言わせぬ強い口調に、六花は大人しく下がる
それを陸之助がそっと受け止めた
「陸之助」
「姫、あの者達に任せましょう。我らは足手まといです」
そう言いながらつららと鬼を静かな瞳で見守った
[戻る] [キリ番トップ] [次へ]