「ここ?」
「は、はい」
つららに連れて来られたのは、家から歩いて30分ほどの場所だった
夜の蚊帳が降り始めたそこは、薄暗く空には丸い月が輝き始めていた
ああ、今日は満月なんだ
頭の片隅でそんな事をリクオは考えながら、目の前のつららの様子を伺っていた
都内から離れたこの場所は、ここら辺では珍しく森林が広がっていた
誰かの私有地なのかきちんと手入れがされており、散歩道まである
こんな所に勝手に入っていいのかな?と不安を覚えながらつららの後を付いて行くと
一箇所だけぽつんと開けた広場のような場所に辿り着いた
綺麗な円状形に木の無いそこは、上を見上げると丸い覗き窓のような形になっていた
そこから見える景色はまるで絵画のように美しい景色を映し出していた
空には真っ暗な闇が広がり始め、星達がぽつりぽつりと瞬き始めている
その緑の窓の端には輝き始めた月がぽっかりと浮かんでいた
「わあ」
リクオはその美しい光景に感嘆の声を上げながら見上げる
「綺麗だねつらら」
嬉しそうににっこりと微笑みながら隣に立つ側近に顔を向けると、少し強張った顔のつららと目が合った
つららはあろう事か、この美しい景色には目もくれず一心にリクオの顔を見つめていた
何か思いつめたような、躊躇っているような、そんな表情だった
「つらら?」
リクオはそんなつららの表情に、見とれていた景色のことも忘れ心配そうに顔を覗き込もうとした
が、つららの言葉でその行為はぴたりと止める事になった
「リクオ様・・・目を、目を閉じていてください」
「え?」
「お願いします、すぐ済みますから」
真摯な瞳に射抜かれる
思わずどきりとしてしまったリクオは、言われるがままぎゅっと目を瞑った
何故か、どきどきしてしまう
暫くすると、意を決したような意識が伝わってきて、そのすぐ後にそっと両の肩に優しく何かが触れてきた
つららの手だ、と気づくのと同時に唇に何か柔らかくて冷たいものが掠める様に触れてきて、一瞬で離れてしまった
ふと、なんだかもったいない気がして、本能のままに思わず顔を動かして後を追いそうになってしまったのだが
ぐっと踏み止まり急いで目を開けると、異常に近い位置につららの顔があって、リクオは飛び退きそうになった
「え?」
まさか・・・
そう思った瞬間、どきどきと心臓の鼓動がもの凄く強く早くなる
早くなった鼓動に比例するかのように体が熱くなっていく
手足は小刻みに震え、息は苦しくなっていく
まさか、まさか、という思いと、そうであって欲しいという想いが交差する
しかし、内心の変化を億尾にも出さず、リクオは平静を装いつららの様子を伺ってみる
伏し目がちに顔を俯かせているつららは、髪の毛で顔が覆われその表情は伺えなかったが、耳まで真っ赤になったそれが全てを物語っていた
確信を得たリクオは、意を決してつららに聞いてみた
「あ、あの・・・さっきしたのは・・・」
「す、すみません!私としたことがリクオ様に大それた事を!!」
リクオが口を開いた途端、つららは堰を切ったように涙をぽろぽろ流しながらリクオに頭を下げてきた
「え?え?つらら?」
突然のつららの変貌振りに、驚いたリクオは慌ててつららの肩を掴むとどうしたのかと問いただした
「ど、どうしたの突然?というか、さっきのは一体?」
「ううう、わたし私・・・毛倡妓からここの噂を聞いて、リクオ様とずっと一緒にいたくて・・・・」
しくしくと啜り泣きながら、つららは何度も頭を下げ、ここまでの経緯をぽつりぽつりと話し出した
つららの話はこうだった
先日毛倡妓と話をしていた時、ある言い伝えを教えてもらったのだそうだ
その噂は『好きな人と口付けを交わすと、一生側に居られる』という言い伝えらしく
毛倡妓から聞いたつららはリクオの側に一生居たい一身で、無理やりここまで連れて来たのだというのだ
それが今日つららが連れて来たここ――星降ノ森(ほしおろしのもり)――がその場所だった
そこまで静かに話を聞いていたリクオは内心で「おや?」と首を傾げていた
古くからあるこの土地は古い土地神が今もおり、恋愛成就の神様として祭られている
都内でも有名なこの場所は女の子の間でも有名なスポットだ
以前リクオは幼馴染のカナからここの話を聞いたことがあった
[戻る] [キリ番トップ] [次へ]