「はあ、はあ・・・」
つららは走っていた
走って走って「本家に着けば」その事ばかりを考えて必死で走って逃げていた
狭い裏通りを走り抜けるつららの背後からは
あの・・・
口裂け女が追って来ていた
バキバキバキバキーーーーーーー!!
道を塞ぐ邪魔な障害物を薙ぎ倒し吹き飛ばしながら
長い長い髪の毛がうねうねとつららの体を攫おうと何度も伸びてくる
「あっ!」
裏通りを抜けて次の角を曲がれば本家に着く
そう安堵した瞬間足元を攫われた
ガシャーーーン
派手に倒れる体
道沿いに置かれていたポリバケツやダンボールなどにぶつかりながら、つららの体は数メートル先に滑っていった
「う・・・」
体中をしこたま打ちつけ、擦り傷だらけになった体を庇いながらつららは何とか立ち上がろうとする
途端、右足首に激痛が走った
「痛・・・」
痛みを訴える足首を庇いながら何とか立ち上がる
必死に立ち上がろうとするつららの姿を、恍惚とした表情で見ていた口裂け女は
勝ち誇ったように、ニタリと笑った
「大人しくしていなさい」
優しい声音で囁きながら一歩、また一歩とつららに近づいていく
じりじりと間合いを取りながらつららが後退る
「逃がしはしない」
口裂け女がそう言った瞬間
しゅるりと空を切る音を立て、つらら目がけて女の髪が襲ってきた
ザシュッ
宙に舞う鮮血
苦しそうに歪む顔
「う・・・」
うおおおおおおおおおおおっ!!
叫び声を上げたのはつららではなく
口裂け女の方だった
肩から突き出た刃先
見覚えのあるそれに、つららは目を瞠る
「俺の側近に何してやがる?」
聞き覚えのあるその声に、つららはへなへなとその場に崩れた
「リクオ様」
「く・・・またお前か!」
口裂け女は忌々しげにそう言うと、背後でドスを突き立てる銀髪の男に向かって髪を振り上げた
軽い身のこなしで女の髪を避けたリクオは、長い銀髪をたなびかせながら、ふわりとつららの前に着地する
「遅くなってすまねぇ」
「リクオ様・・・」
つららはふるふると首を振ると眉根を寄せて主を見上げた
それをちらりと見て頷くと、抜き身の弥々切丸でつららの体を庇うように構え目の前の女を睨み据えた
「「リクオ様!!」」
口裂け女とリクオが対峙したその時、空からバサバサと鴉天狗たちが舞い降りてきた
「く・・・・」
口裂け女は歯軋りすると長い髪を四方八方に振り乱した
「なんだ?」
降り立とうとしていた黒羽丸たちは突然の攻撃に慌てて身構える
まるで竜巻のように女を中心に暴れ回っていた髪は次の瞬間、暗幕のようにリクオ達の視界を遮ったかと思うとあっという間にその場から消えた
「待て!」
リクオが叫んだ時には、辺りを覆っていた髪の毛も女も跡形も無く消えていた
「くそ、また逃がした」
リクオは忌々しそうに舌打ちする
リクオが見上げた夜空には、あの女の口と同じ形の月が昇っていた
綺麗
きれい
キレイ
私は綺麗なモノが好き
そう
キレイナモノ
特に一番好きなのは
キレイナカミノケ
くくく
くふふ
女はゆっくりとその絹糸を指先で何度も梳いていた
「綺麗な髪」
うっとりとその黒髪に口付ける
耳まで裂けた口が、にやりと歪んだ
そして十分にその髪を堪能した女は
次にその少女の顔へと視線を向けた
「綺麗な顔」
にたり
女は大きな口を開け長い舌を出して己の口から垂れた涎を舐める
「でも・・・」
この娘じゃ足らない
女は呟くと今まで弄んでいた少女を放った
どんと鈍い音が響き、ずるずると壁を滑っていく音が続く
少女の体は力無く床へと滑り落ち、ぴくりとも動かなかった
足りない 足りない
この女達では足りない
足元に転がった少女達を見下ろす
床に倒れているのは先程の少女だけではなく何十人もの少女の体が転がっていた
欲しい 欲しい
あの髪
あの顔
女の脳裏に浮かぶのは美しいあの娘
人間離れしたあの少女
「やっとやっと」
ミツケタ
女はにたり、と耳まで裂けた口を弧の字に歪ませる
べろりと垂れた涎を長い舌で掬い取りながらくつくつと楽しそうに笑っていた
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