「おう、二人で何いつまでもいちゃいちゃしてんだい?」

そこへこの空気を壊すべく、しわがれた威勢の良い声が聞こえて来た

「お、おじいちゃん!」

「ぬ、ぬらりひょん様!」

昼間っからお熱いねぇ〜、と冷やかしてくる祖父にリクオもつららも一瞬で我に返る

がばっと音が聞こえてきそうな程の勢いで離れた二人は、顔を真っ赤にさせてわたわたと慌てた

「お?こいつは・・・・」

そんな初々しい新婚夫婦を面白そうに眺めていたぬらりひょんは、リクオが手にしていたものを見るなり顎に手を当て覗き込んできた

「へ?おじいちゃん、これ何だか知ってるの?」

突然己の手の中にあった羽を見るなり真剣な顔をした祖父に、リクオは恐る恐る尋ねる

「ん〜・・・」

「おじいちゃん?」

唸ったきり羽を見つめたまま微動だにしない祖父に、リクオは怪訝そうな視線を向けた

「ぬ、ぬらりひょん様?」

それまで真っ赤になって俯いていたつららも、突然真剣な表情をして羽を見つめ始めたぬらりひょんに不安を覚えたのか、心配そうな顔でこちらを見ている



「これは・・・・」

ぽつり、と搾り出すような声でぬらりひょんが呟いた

その言葉に二人はごくりと唾を飲み込む



「これは・・・・」



「「これは?」」



ぬらリひょんの言葉に二人はずいっと顔を近づけていく

そして、ぬらりひょんはゆっくりと口を開いてこう言ってきた



「知らん」







ズベッ



二人は盛大に滑った

畳の上に派手に倒れる二人を他所に、ぬらりひょんは「気のせいじゃった」とかかかと笑いながら言ってきた

「もう、紛らわしいことしないでよね!」

噛み付かんばかりの勢いでリクオが憤慨する

それをひらりと交わしながらぬらりひょんは

「いや〜すまんすまん、年じゃからの〜」

とひょひょひょ、と悪ぶれた様子も無くそう言うと煙管をぷかりと吹かしながら廊下の向こうへさっさと歩いて行ってしまった

「まったくもう、おじいちゃんは!」

リクオは人騒がせな己の祖父にぷんぷんと怒りを露わにする

「まあまあ、リクオ様」

そんな夫を妻がやんわりと慰めるのであった



リクオ達がいた居間から少し離れた廊下――

「ほう、あいつもアレが来る年頃になったかい」

先程の珍騒動をやらかした元凶が、煙管を咥えながら一人ほくそ笑んでいた



祖父のお茶目な冗談から立ち直ったリクオは今は自室に居た

正確に言えば妻と二人きり

夕食も風呂も済ませ後は寝るだけ

既に布団は部屋の中央に引かれていた



「つらら」

リクオはそっと妻の肩へ手を置くと蕩けるような甘い声で名を呼ぶ

「・・・・はい」

つららもまた頬を染め口元を袖で隠しながら潤んだ瞳で夫を見上げた

二つの影が重なりゆっくりと倒れていく

そして







ゴンッ



ボト...



記憶に新しい衝撃音が鼓膜にはっきりと聞こえて来た

続いて何かが落ちたような音も



「・・・・・・」

「・・・・・・」



ごそごそごそ



「り、リクオ様!」

「あ〜無視無視」

暫くの間お互い顔を見合わせていたのだが、何を思ったのかリクオはそのまま続けようとした

それを慌てて止めようとする妻にリクオは事も無げなことを呟いてきた

「だ、ダメですって!誰か外にいるみたいですから」

帯に手をかけてきた夫の手をわしっと捕まえると、つららは精一杯の力を込めて否定してきた

そんな冷たい妻にリクオは「ちぇっ」と残念そうに舌打ちすると渋々ながら手を引っ込める

そして「仕方ないな」とぶつくさ言いながらリクオは立ち上がり朝と同じようにスパンと襖を開けた

しかしそこにはまたしても今朝と同じように誰の姿も見られなかった

「つらら、気のせいだよ」

リクオはくるりと首だけを回して妻にそう嘯く

そして襖を閉めようとしたその時――



「もし・・・もし・・・」



庭の奥の方から、か細い声が聞こえて来た

「「え?」」

夫婦揃って庭の方へと視線を戻す

雲に隠れてしまった月のお陰で庭は暗くて良く見えなかった

しかしその庭の中央――

枝垂桜の巨大な幹の辺りに黒い影がぼんやりと浮かび上がっていた



「だ、誰?」

リクオはごくりと喉を鳴らしながらその影に声をかける



「奴良リクオ様と雪女つらら様ですね?」



その影は、ごそりと身じろぎするとそう言葉を返してきた

背後で自分とは別の唾を飲み込む音が聴こえてくる

そろりと近づいてきた妻が縋るように夫の腕を掴んでいた

名を呼ばれた夫婦は食入るように目の前の影を見つめる



「奴良リクオ様と雪女つらら様ですね?」



黙って見つめてくる二人に影はまた同じ質問をしてきた

「は、はい・・・」

「そ、そうですけど」

二人は慌ててこくこくと頷く

その様子に庭の影はほっと安堵の溜息を吐いた



「あ〜良かった、やっと辿り着きました」



溜息と共に嬉しそうな安心したと言わんばかりの声が聞こえて来る

その瞬間

ざあぁぁ、と風が吹いた

月を隠していた雲がその風に煽られて散っていく

雲が消えると同時に真っ暗な庭が月明かりに照らし出された



白く煌く羽毛

長い嘴

大きな翼



そして



巨大な籠?



目の前に突然現れた影の正体にリクオとつららは目を瞠った

その正体は



真っ白な鳥



羽の先と尾の先が黒いその鳥はリクオの腰位まで背丈がある

どこからどう見ても鳥であるそいつは、何故かカラカラと嬉しそうに笑いながらこちらに歩いて来ていた


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