「とりあえず酌でもしてもらおうか」

そんなつららの心中を知ってか知らずか、リクオはそう言うとずいっと杯をつららの前へと差し出してきた

「へ?あ、は、はい・・・どうぞ」

つららは一瞬驚いた声を上げたが、そこは習慣

慣れた手つきで燗を持つと杯に酒を満たしていく

とくとくとく、と音を立てて杯に注がれる酒を静かに見つめながらリクオは徐に口を開いた

「ツバキ・・・と言ったか?」

「は、はい!?」

突然かけられた声に、つららは手にしていた燗を思わず落としそうになってしまった

間一髪、リクオにぶちまける事無くなんとか燗を持ち直すと、改めてリクオに向き直った

リクオはというと、何の他意も無くこちらに微笑んでいる

その視線は純粋に疑問を投げかけているようで、つららはあれ?と思った

そして、まさかという思いと共にぱちくりと瞳を瞬いた

「き、気づいていないのですか?」

思わず声に出てしまった

「ん?何がだ?」

リクオは小首を傾げながらつららを見つめる

その瞳の奥は笑っているように見えて、どうにも騙されている気分がしてならない

つららは慎重に言葉を選んだ

「そ、その・・・私のことです」

「ふっ、それは誘ってんのかい?」

しかし、つららの躊躇いがちなその言葉に、リクオは口角を吊り上げると艶っぽい声でそう言ってきた

「へ?ええ?誘ってるって・・・」

「おや違うのかい?口説かれてるのかと思ったんだが・・・・」

リクオはジリッと体半分つららの近くに寄ってそう囁いた

「い、いいいいいえ!そんなんじゃ!!」

突然近くに寄ってきたリクオの体から、上半身だけを器用に仰け反らせてつららはブンブンと首を振る

そんなつららの反応に、「そうかいそれは残念だ」とリクオは苦笑を零すと持っていた杯の残り酒をぴっと振り切り、つららの前にずいっと差し出してきた

「どうだい、今夜出会った祝いに一杯付き合っちゃくれねえか?」

そう言って口元に笑みを作る

その視線はどこまでも真剣で、嘘偽り無い視線のように見えた

その為、つららは混乱した



ほ、本当に気づいていらっしゃらないのでは?



と・・・・・







リクオは目の前の女に笑いが止まらなかった

首無から事の成り行きを聞いて来てみれば、目にしたモノは衝撃の何者でもなかった



猫耳

尻尾

メイド服



しかも語尾に「にゃん」が付くだと?

だれだこいつにこんな格好させたのは?

良太猫か?

けしからん!

後でとっちめておかねば、などと目の前の女を見つめながらあれこれと考えを巡らせていると、目の前の女がこちらに振り向いてきた

その瞬間、サアァァァァと顔色が真っ青に変わっていく

無理も無い、俺がここに居るんだからな

いないと思っていた人物が、良太猫の真後ろで自分を見下ろしているんだ、驚かない方がおかしい

特にこの女は面白いくらいに表情がくるくるとよく変わる

見ていて飽きない

店の中にもつららの事を気に入った奴が何人かいるようだ

後で一言言っておかなきゃならんかもな・・・・

面倒臭い



リクオがやれやれと溜息を吐いていると、目の前のつららが視線を外した隙にこそこそと逃げようとしていた

それを見逃すはずも無く、リクオは楽しげな笑みを作るとつららに向かって口を開く

俺から逃げようってのか?逃がしゃしないぜ、俺に黙ってこんな所に来てたんだからなぁ



たっぷり楽しませてもらおうか?



リクオは静かに攻撃に移った







「では失礼して・・・・」

目の前に差し出された杯をつららが受け取ると、リクオは側にあった酒を並々と注いだ

少々多すぎるその酒に、つららは「うっ」と声を漏らしながら目の前の酒を見つめた

「どうしたい、飲まねえのか?」

いつまでも酒を飲まないつららに、リクオは怪訝そうな瞳で見つめてきた

つららは、ええいままよ!と、くいっと一気に酒を飲み干した

喉の奥を冷たい液体が通っていく

そのすぐ後に、かっと体の中が熱くなっていった

五臓六腑に染み渡るとはこういう事を言うのであろう

焼け付くようなその感覚につららは顔を歪ませた


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