「及川君、これ私がやっておくね」



「あ、及川君これさっき家庭科で作ったの、良かったら食べて」



「及川君私が!」



「及川君 及川君・・・・」





「ほんに人間とは、口煩いものじゃのう」

学校帰りの黄昏時、リクオ達と共に本家までの道のりを歩きながら及川ユキは溜息混じりに呟いていた

今はリクオとつらら、そして青田坊がいるだけであった為、声だけ元のものに戻している

姿は及川君なのに声は高い女の美声であるため、なんとも奇妙な光景だった

ある意味心臓に悪いその光景に、リクオは内心で溜息を吐きながら先を歩くユキへと声を掛けた

「しょうがないよ、及川君は転校してきたばかりだし、それに女子達に大人気なんだから」

自分でまいた種じゃないか!とも言えず、リクオは当たり障りの無い事実だけを目の前の及川君こと雪女のユキに伝えた

リクオの言葉が気に入らなかったのか、ユキはふんと鼻を鳴らすとスタスタと早足で先に行ってしまった

そんなユキにリクオは小さく嘆息する



何も起こらなければ良いんだけど・・・・



小さく呟いたリクオの願いを、空を飛んでいくカラス達が嘲笑うかのようにカアカアと鳴いていた





『いただきます』



奴良家の夕食

全員が席に着き、揃って合掌すると賑やかな食事が始まった

それはいつもの風景

当たり前の事

しかし、そんな光景を目を丸くして見ている者がいた



「これはなんじゃ?」



奴良家に来てから珍しくその場に現れた人物は、目の前に置かれたお膳を見て驚愕していた

「え、何って・・・夕ご飯だけど?」

とりあえず、その人物の隣へと座ったリクオは、知らないのだろうかと首を傾げながら答えた

「そうではない、この・・・凍った夕餉はなんなのじゃ?と聞いておる」

「え、ああそれはつららが作ったからだよ」

リクオにとっては当たり前の事

だから普通に何でも無いことの様に答えた

しかし――



隣の女はそうでは無かったらしい・・・・

「つらら!つららはおるか?」

急に顔を上げたかと思うと、自分の孫を焦りも露わに慌てて呼び出した

「あ、はい、なんでしょう?お婆様」

お茶の給仕をしていたつららは、祖母の声に慌てて側へと駆け寄って来た

「なんだでは無い!なんじゃこれは?」

「え?」

つららはきょとんとした顔で目の前に差し出されたお茶碗を見つめた

そこには、ほかほかごはん・・・もとい、カチンコチンに凍った氷飯がこんもりと乗っかっていた

「ご、ごはんです」

つららは冷や汗を垂らしながら祖母に言った

その答えに祖母――ユキはジト目でつららを見据える

その視線につららは背筋になにやら冷たいものを流しながら「うっ」と呻いて後退った

「ほほう、これがごはんという奴か?妾が知っておるのとは大分違うようじゃが?」

そういって更にずいっとつららの顔の近くに茶碗を近づけた

「つらら」

「ひゃいっ!」

祖母の声につららは変な声で返事をし、正座をしたままその場に跳ね上がった

「妾が教えたのとは大分違うようじゃのう・・・」

「う・・・えと・・・それは・・・・」

ほほほほほ、と爽やかに笑うユキとは対照的につららはどんどん小さくなっていく



その様子を隣で見ていたリクオや、他の妖怪たちも思わず食事の手を止め固唾を飲んで見守っていた

その次の瞬間――



「そなた、これはどういう事じゃ?そもそも何故こんなにも凍っておる?ここに来る前に教えたことを忘れたのかえ?」

ユキはお膳をがしゃんとひっくり返しながら、くわっと般若の形相を向けながらつららを叱り始めた



その様子を見守っていたその場の全員が驚いた

あのユキが・・・・雪女の長のユキが!傍若無人、唯我独尊のこの女が・・・・



まともな事を言った!!



「始めて聞いたぞ」

とはぬらりひょんの声

「結構まともだな」

とは遠巻きに見ていた小妖怪たちの声

「あ、あの・・・ユキ、さん・・・つららも一生懸命やってるし、僕は気にしてないから」

とはリクオの声

しかし、そんな言葉には一切耳を貸そうともしない女はさらにこう続けた



「ごはんと言えばシャリシャリであろう!」



と・・・・・



その場に居合わせた者は全員その場で

ズッコケた



ああやっぱり



雪女だ






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