「雪羅がついて行ってしまったからのう」
女はやれやれとばかりに溜息を吐いた
「まったく、あの子は昔から綺麗な顔の男が好きじゃったからな、妾の言葉にも耳を貸さずほいほい着いて行きよったわ」
仕方の無い子じゃ、と眉根を下げて嘆息する姿は母親のそれである
「でも、お婆様がこの北の大地を守ってくれたお陰で奴良組は数百年、他からの侵攻も無く平穏無事でいられたのですよね?」
お母様とお婆様が守ってくれたお陰です、とつららは嬉しそうに笑ってみせた
「ふふ、そうじゃ妾がここにおるかぎり、他の妖怪達にこの地を好き勝手にさせるわけが無かろう?」
つららの祖母は当たり前じゃ、と自信たっぷりに胸を張るとつららと二人笑い合った
ひとしきり笑いあった後、ふとつららが思い出したように祖母に尋ねた
「それにしてもお婆様、今回は何だってこのような事をされたのですか?」
このような事?と祖母が首を傾げていると、つららの補足をするようにリクオもまた女に聞いてきた
「ああそうだ、招待にしても度が過ぎるぜ、自分の孫を囮に使うなんてよ」
その言葉はどこか棘のある言い方で、見るとリクオの眉間にも皺が寄っていた
「ああ、その事か、そなたを呼び出すにはあれが一番効果的だと思ったからじゃ」
しれっと女はリクオに向かって答えた
「「は?」」
二人の声が見事にハモる
「なんだそれは?」
声が出たのはリクオが先だった
「い、意味がわかりません!」
続いてつららが頭にはてなマークを浮かべながら首を傾げた
そんな二人の様子を見て女はくすくすと笑い始めた
この二人ときたら
どこまで鈍いのか?
呆れと憐れみの混じったなんとも言えない表情で二人の顔を交互に見遣った
妾の勘違いか?
いや、違うな・・・そうでなければこの男の先の行動に説明がつかぬ
女は内心で呟きながらリクオの顔を見つめた
先の行動――つららを囮にした時のリクオの切羽詰った表情を思い出す
あれは確かに側近だけに向ける想いではなかった
相手を想い心を焦がすほどの激情をリクオから感じ取ったのは確かだ
ならば、つららか・・・
愛しい孫の顔を見れば、全くもって意味が分からないといった表情で祖母の顔を見ていた
途端がくーと肩を落とす祖母
やはり・・・な
進展の無さの原因が己の愛孫にあると分かり、女は深く落ち込んだ
そして、憐れみとも慰めとも取れる視線をリクオに向けた
「なんだよ・・・・ていうか何で俺は呼ばれたんだ?」
リクオは不躾なその視線に眉間に皺を寄せながら、今回の最大の疑問を女にぶつけた
つららも同じ事が気になっていたのか、無言で祖母の顔を見つめる
そんな二人に女は
「おお、そなたが三代目を襲名したと聞いて挨拶をしようと思うてな」
だから此処まで呼んだのじゃ、女はにっこりと微笑みながらそうのたまった
逆だろそれ!!
リクオは顔を白くさせながら内心で突っ込んだ
「お婆様・・・」
つららも祖母の豪胆な行動に冷や汗をかきながら呟く
「妾の可愛い孫を預けておる所じゃ、その総大将が弱くては話にならんからのう」
そなたの力量を見極めさせてもらった、ふてぶてしいまでに女は胸を張って言う
この女・・・
一瞬、弥々切丸で斬ってやろうかと不穏な考えが脳裏に浮かんだが、理性でもってそれを押し込みリクオは女に向き直った
「んで、俺はどうなんだ?」
皮肉気にリクオが口角を上げながら問うと
「ふむ・・・まあまあじゃな、まだまだ組もつららも守るには精進が必要じゃがの」
女は顎に手を当てリクオをまじまじと見つめると、深い意味を滲ませて不適に笑って見せた
バチィ、と見えない火花を散らしながら両者睨み合う
てめぇ・・・
なんじゃ、やるか?
無言の牽制をし合う中、つららだけがオロオロとするばかりであった
[戻る] [長編トップ] 次へ