僕はいつの頃からか人間の女性とは恋愛をしなくなった
相変わらず身分を隠して人間の世界に紛れ込んでいるけれど
人間とは極力親しくなり過ぎないようにしていた
僕は相変わらず良い奴で通っているけれど
しかし僕を子供の頃から知っている人間はいなかった
僕を知っている人間は大人の姿の僕しか知らない
そして僕が妖怪の主だという事を知っている人間もいなかった
それでいいと思った
これからも僕はこの先ずっと人間に正体を明かすことは無いだろう
それでいいのだ
それが自然なことだ・・・・
そしてこの頃になると妖怪の方の世界でも周りがだんだん五月蠅く騒ぎ出してきた
「リクオ様ももう100歳、妖怪としては立派なお年頃。そろそろ人生の伴侶を見つけては如何ですかな?」
などとお目付け役の鴉天狗が毎日うるさく僕の周りを飛び回っている事が多くなった
しかし、僕にはそんな気はさらさら無かった
僕が嫌そうに首を振ると鴉天狗は「今付き合っている意中のおなごはいないのですか?」などと聞いてきたので「いない」ときっぱり答えてやった
そんな僕の言葉に鴉天狗は心底驚いた様子で
「前はあれほど人間の女に手を出されておいでだったのに・・・」
と小豆のような瞳から涙を流して嘆いていた
そんな鴉天狗の言葉に僕はとんでもない、と頭を振った
人間の女を娶ろうとすればそれこそ障害だらけではないか?
何を好き好んでこんな化け物と一緒になろうというのだ、周りを見れば立派な人間は溢れるほどいるのに
僕はこの頃になると人間というものに対してある種の悟りのようなものを抱いていた
一部の側近達の間では僕は父や祖父同様人間の女と結婚するものと思われていたらしい
そんな事はこれから先有り得ないのに・・・・
何故なら、自分の母や祖母は特別だったと思い知ったから
進んで妖怪の元へ嫁ごうという酔狂な女は、この世界のどこにもいないと理解ってしまったから
闇が薄くなるこの世界で妖怪はさらに夢現の幻のような存在になってしまっていた
妖怪を信じる者も殆どいなくなり、しかし得体の知れない存在に恐怖だけは一人前に根付いていて
昔よりもさらに妖怪というものが受け入れられ辛くなってしまっているのだ
それなのにどうして人間の女と結婚しようなどと思う?
そう言う僕の言葉に、しつこい鴉天狗はそれでは「妖怪から」なんて懲りずに言ってきた
その言葉にも僕は否と首を横に振って答えた
その答えに鴉天狗は心底落ち込んだという風を装ってふよふよと力無くどこかへ飛んで行ってしまった
そんな鴉天狗の背中を見つめながら、僕はやれやれと小さく嘆息する
鴉天狗には悪いが、僕にその気が無いのだから仕方がない
何故だか判らないが、僕は昔から妖怪の女には興味を示さなかった
示さないと言うのは少々語弊があるな
正確に言えばそんな気が起きないというか悪いというか・・・・
たぶん、妖怪から誰かを娶るという事に少なからず警戒していたのかもしれない
組の中からにしろ外からにしろ、きっと政略的な何かが纏わり付いてくることに僕は無意識のうちに気づいていたのかもしれない
それになんだかアイツに悪いし・・・・
ふと、そこまで考えて僕は首をかしげた
アイツって誰に?と
アイツ?あいつ?はて誰のことを言っているんだろう?
僕は自分の胸のうちに湧いた疑問に暫くの間、自問自答を繰り返していた
しかし結局その『アイツ』が誰なのか判らなかった
答えは見つからず考えれば考えるほどイライラが募るこの思考に僕は早々に終止符を付けた
意味の解らない面倒な考えは終いにするに限る
僕は思考を止めてまたいつもの生活へと戻って行った
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